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ついにこの日がやって来た。

1ヶ月前の惨劇をなるべく思い出さないように暮らしてきたが、限界だ。

バレンタインの日、私から無理やりチョコを強奪していった、あの男。
あの恐ろしい、運び屋の赤屍蔵人がまたやって来る。

お返しという名の恐怖を携えて。

とはいえ、私も何もせずに手をこまねいていたわけではない。
最大限自衛をしてきた。
しかし、そんなものを軽く飛び越えてくるのが赤屍蔵人という男なのだ。

その証拠に、万が一にも私が逃げ出せないように、彼は職場の外で待ち伏せていた。
する必要のない残業をしながら、じりじりと今日という日が終わるのを待っていた私を。
忠犬よろしく、帰宅時間からずっと待ち構えていたのである。
大勢の人間に待ち続ける自分の姿を目撃させて複数の証人まで作るという周到ぶりに目眩がしそうだった。
これではこっそり逃げ出せない。
密かに脱出しようとしていた計画がパーだ。

それに、もしもこの状況で、その男はストーカーなんですとでも言おうものなら、目撃者全てを皆殺しにしかねない。

「ほら、神崎さん。彼氏が待ってるわよ」

女性上司ににこやかに帰宅を促されては、出て行かないわけにもいかず、しぶしぶ彼のもとへと向かう。

「こんばんは、聖羅さん」

「こんばんは…」

ゾンビになったような気分の私に、赤屍さんが何かを渡してくる。
ナニカを。

透明な袋に入れられてリボンでラッピングされたそれは、紛れもなくホワイトデーのお返しだった。
どうやらパウンドケーキのようだが、まさか手作りなのだろうか。
それにしても、ところどころ赤いものが見え隠れしているのが気になる。

「この赤いの何ですか…?」

「血、苺ですよ。苺の生パウンドケーキです」

「いま血って言った!」

「気のせいでしょう。さあ、早く召し上がれ」

「嫌ですよ!赤屍さんの血が入ったケーキなんて!」

「私のだとは言っていませんが」

「血が入ってることを否定して下さいよ!」

「はい、あーん」

「んぐっ!んーっ!んんーっ!」

なんということだろう。
無理矢理食べさせられてしまった。

おかしな味はしないし、むしろ今まで食べたパウンドケーキの中で一番美味しいが、逆にそれが恐ろしい。
苺もちゃんと入っていた。

ごっくん。

「飲みこんじゃったじゃないですかあっ!」

「よしよし、よく食べられましたね。良い子、良い子」

「ふえぇ…ふえぇ…!」

赤屍さんが私を抱き締めると、周囲で見守っていた職場の人達からわあっと歓声が上がり、パチパチと拍手が巻き起こった。
完全に勘違いされている。

「逃げようとしたら……わかっていますよね?」

「ひっ!」

赤屍さんが耳元で脅し文句を甘い声で囁く。
びくっとなった私の背中をよしよしと優しく撫でて、赤屍さんは身を離した。
しかし、片方の手はしっかりと繋がれたままだ。

「それでは、失礼します」

「神崎さん、良かったですね!」

「お幸せに!」

紙吹雪でも舞い飛びそうな祝福の嵐の中を仲良く肩を並べて歩いていく。

「貴女が素直な方で良かったですよ。一人の犠牲も出さずに済みましたから」

「た…助けて…」

「誰も来ませんよ」


幸せになりましょうね。

ずっと大切にします。

来月はオレンジデーにオレンジピールのクッキーを焼きましょうか。

赤屍さんが優しく話しかけてくるのを半ば放心状態で聞きながら、私は彼の車の助手席に押し込められた。


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