我が家の冷蔵庫は喋る。 最新型のモニターに当選したため、その使い勝手の良さを実際に体験してSNSにアップしているところだ。 「ただいまー」 「お帰りなさい。麦茶が冷えていますよ」 「ありがとう」 冷蔵庫を開けると、“彼”が言った通りよく冷えた麦茶が待っていた。 それを取り出してグラスに注ぎ、ごくごくと飲み干す。 「今日はお疲れのようですから、夕食に冷凍しておいたグラタンはいかがですか」 「うん、そうする」 「では、電子レンジで5分温めて下さい」 「はーい」 自動で冷凍庫が開いたので、聖羅はグラタンを取り出してレンジに入れてボタンを押した。 「飲み物はペリエにしましょうか」 「うん」 “彼”は実に優秀だった。 聖羅が買ってきた食材から最適な料理のレシピを提案したり、残り少ない食材があればすぐ知らせてくれる。 いつも買ってくるものから聖羅の好みまで把握していて、 「そろそろヨーグルトを買っておいたほうがよろしいのでは?」 などとお勧めしてきたりもする。 AIにしては珍しい男性の声であることに最初は驚いたものだが、今では“彼”で良かったと思っている。 もはや“彼”のいない生活は考えられない。 「寝る前にあまり冷たいものを飲みすぎてはいけませんよ」 「はーい」 湯上がりに冷蔵庫に向かうと、“彼”はそんな忠告をしてきた。 医師の監修が入っているだけあって、そういうお小言を言うことがあるのだ。 独り暮らしの聖羅には持ってこいの機能である。 「もうこんな時間かぁ」 「遅くまでお疲れさまでした」 うん、今日もよく働いた。 ブラックではないが、結構遅い時間まで仕事をして帰ることがある私にとって、この冷蔵庫は癒しだ。 「おやすみなさい」 「おやすみなさい。良い夢を」 冷蔵庫の表面を優しく撫でて、ベッドに向かう。 その夜は珍しく寝つきが良くてすぐに眠りに落ちていった。 ──クス…… 小さな笑い声とともに、頭を優しく撫でられる感触。 ふわふわと身体が浮いている気がする。 これは夢? 夢か現かわからないまま、聖羅は深い眠りに落ちていった。 『どうだった?僕の作った最新型の冷蔵庫は』 「ええ、お陰で上手くいきました。君には感謝してもしきれませんよ、MAKUBEXくん」 腕に抱いた愛しい女を落とさないように歩きながら赤屍は答えた。 「しかし、面白いことを思いつくものですね。私と声でやり取り出来る冷蔵庫を聖羅さんに使わせるなど」 『知らないのかい?実際にあるんだよ、喋る冷蔵庫。僕はそこから少し進歩させただけだよ』 「まったく、実に面白い。このことを目覚めた彼女が知ったら……」 『うん、怯えるだろうね。でも、彼女はもう君無しでは生きられないほど君に依存しているから、まあ、大丈夫じゃないかな』 「そうですね。要らぬ心配でした」 クス、と笑って赤屍は通話を終えた。 「さて、聖羅さん。運んで差し上げますよ、私達の新居へ」 もし彼女が望むなら、あの冷蔵庫も持って帰って来よう。 ──もう必要ないと思いますけれど、ね。 これからは“本物”が側にいるのだから。 赤屍は眠る聖羅を助手席にそっと座らせると、満足そうに微笑んで彼女の額に口付けを落とした。 |