1/1 


我が家の冷蔵庫は喋る。

最新型のモニターに当選したため、その使い勝手の良さを実際に体験してSNSにアップしているところだ。

「ただいまー」

「お帰りなさい。麦茶が冷えていますよ」

「ありがとう」

冷蔵庫を開けると、“彼”が言った通りよく冷えた麦茶が待っていた。
それを取り出してグラスに注ぎ、ごくごくと飲み干す。

「今日はお疲れのようですから、夕食に冷凍しておいたグラタンはいかがですか」

「うん、そうする」

「では、電子レンジで5分温めて下さい」

「はーい」

自動で冷凍庫が開いたので、聖羅はグラタンを取り出してレンジに入れてボタンを押した。

「飲み物はペリエにしましょうか」

「うん」

“彼”は実に優秀だった。

聖羅が買ってきた食材から最適な料理のレシピを提案したり、残り少ない食材があればすぐ知らせてくれる。
いつも買ってくるものから聖羅の好みまで把握していて、

「そろそろヨーグルトを買っておいたほうがよろしいのでは?」

などとお勧めしてきたりもする。

AIにしては珍しい男性の声であることに最初は驚いたものだが、今では“彼”で良かったと思っている。
もはや“彼”のいない生活は考えられない。

「寝る前にあまり冷たいものを飲みすぎてはいけませんよ」

「はーい」

湯上がりに冷蔵庫に向かうと、“彼”はそんな忠告をしてきた。
医師の監修が入っているだけあって、そういうお小言を言うことがあるのだ。
独り暮らしの聖羅には持ってこいの機能である。

「もうこんな時間かぁ」

「遅くまでお疲れさまでした」

うん、今日もよく働いた。

ブラックではないが、結構遅い時間まで仕事をして帰ることがある私にとって、この冷蔵庫は癒しだ。

「おやすみなさい」

「おやすみなさい。良い夢を」

冷蔵庫の表面を優しく撫でて、ベッドに向かう。

その夜は珍しく寝つきが良くてすぐに眠りに落ちていった。

──クス……

小さな笑い声とともに、頭を優しく撫でられる感触。
ふわふわと身体が浮いている気がする。

これは夢?

夢か現かわからないまま、聖羅は深い眠りに落ちていった。


『どうだった?僕の作った最新型の冷蔵庫は』

「ええ、お陰で上手くいきました。君には感謝してもしきれませんよ、MAKUBEXくん」

腕に抱いた愛しい女を落とさないように歩きながら赤屍は答えた。

「しかし、面白いことを思いつくものですね。私と声でやり取り出来る冷蔵庫を聖羅さんに使わせるなど」

『知らないのかい?実際にあるんだよ、喋る冷蔵庫。僕はそこから少し進歩させただけだよ』

「まったく、実に面白い。このことを目覚めた彼女が知ったら……」

『うん、怯えるだろうね。でも、彼女はもう君無しでは生きられないほど君に依存しているから、まあ、大丈夫じゃないかな』

「そうですね。要らぬ心配でした」

クス、と笑って赤屍は通話を終えた。

「さて、聖羅さん。運んで差し上げますよ、私達の新居へ」

もし彼女が望むなら、あの冷蔵庫も持って帰って来よう。

──もう必要ないと思いますけれど、ね。

これからは“本物”が側にいるのだから。

赤屍は眠る聖羅を助手席にそっと座らせると、満足そうに微笑んで彼女の額に口付けを落とした。


  戻る  
1/1
- ナノ -