お腹が大きく目立つようになって来てから困ったことと言えば、自分で足の爪が切れないということだった。 「私に任せて下さい。ついでに手の爪も綺麗にしましょうね」 申し訳なく思いながら蔵人さんに頼めば、何故か手の爪からやってもらうことになった。 しかも、爪切りはあまり良くないとかで、ヤスリで削ってくれるらしい。 自分でやる時は何も気にせずちゃっちゃと爪切りで切ってしまっていたので、ヤスリは初体験だ。 ちなみに職場で付け爪やネイルが禁止されていたので、ネイルサロンに行ったこともない。 爪に当ててガリガリ削るのかと思いきや、スッスッと片方向に滑らせる感じで優しく削っていくので驚いた。 そうやってある程度まで削ったところで、蔵人さんは爪の先を自らの唇に当てて尖った部分がないかを確認している。 「お腹が苦しくはないですか」 「大丈夫です」 気持ち良すぎて思わずうとうとしてしまっていたくらいだ。 初めこそ人に爪を削ってもらうということで少し緊張していたが、いざ始まってしまえば、その思いもよらなかった心地よさに身体からは余計な力が抜けてリラックス出来た。 そういえば、シャンプーをしてもらったり、身体を洗ってもらったりするのも気持ちがいいのだから、誰かに身体の手入れをしてもらうというのは気持ちの良いことなのかもしれない。 「手はこれで良いでしょう。次は足の爪をやりますね」 「お願いします」 蔵人さんはソファにゆったりと腰掛けた私の足元に跪くと、恭しく私の足を持ち上げて自らの腿に乗せ、爪を削り始めた。 おお、これは。 「お姫様になったみたい」 「貴女は私の姫君ですよ」 蔵人さんはそう笑って、至極丁寧に足の爪を整えていく。 足の爪を手入れされながら、手の平を目の前にかざして先ほど綺麗に整えてもらった爪を確認する。 「本当は爪に一番良いのはスクエアらしいのですが、今は妊娠中ですからラウンドにしておきました。オーバルより強度が高いですし、どこかに引っかけてしまうこともないでしょう」 先端が丸みを帯びたこの形がラウンドというらしい。 スクエアというのは名前からして四角い感じなのだろう。 オーバルは…良くわからない。 「爪のこと全然知りませんでした。赤ちゃんのこともあるし、まだまだ勉強しなくちゃいけないことがあるみたいです」 「私が教えられることならば何でも聞いて下さい。赤ちゃんのことは、これからゆっくり一緒に学んでいきましょう」 本棚に並ぶ最新の育児書に視線を向けて蔵人さんが言った。 「そうですね。お母さん一年生として頑張ります」 「私もお父さん一年生として頑張ります」 私のお腹を愛おしげに撫でて微笑んだ蔵人さんと視線を絡ませて頷く。 もうすぐ会える私達の赤ちゃん。 この子に恥ずかしく思われないお母さんにならないと。 「失敗しても笑って許してくれるといいなぁ」 「大丈夫、きっと貴女に似た優しい子になりますよ」 「男の子だったら、蔵人さんに似たスーパーダーリンになってほしいです」 整えてもらったばかりの爪を見ながら、私は優しくお腹を撫でた。 あなたのお父さんがどんなに愛情深くて凄い人なのか、早く教えてあげたいな。 そして、願わくば、お父さんそっくりな男の人に育ってほしい。 そう思ってしまうのは、やっぱり勝手な願いだろうか。 とりあえず、「死がイメージ出来ない」などと言い出さないか、今はそれだけが心配だ。 星降る夜に願いを寄せて。 |