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超のつくビビりの私にとって、世の中は怖いものだらけだ。

ホラー映画にお化け屋敷、絶叫マシンに心霊特集番組などなど。
数え挙げればきりがない。

中でも一番恐ろしいのが、運び屋の赤屍蔵人である。

別に暴力をふるわれたり危ない目に遭わせられたわけではない。
でも、私の恐怖センサーがこの男はヤバいと告げているのである。
幽霊や妖怪よりも、もっと恐ろしい存在なのだと。

「おはようございます、聖羅さん」

「ひっ…おは、おはようございます…」

今日は講義が午後からなので、朝から喫茶店のバイトをしていたら、その恐怖の魔人が朝一でやって来た。
咄嗟に挨拶を返した私エライ。

「今日は午後から講義ですよね。頑張って下さい」

「な…何故それを?」

「貴女のことでしたら何でも知っていますよ。何でも…ね」

赤屍さんは底の知れない微笑を浮かべて私を見据えた。
この人に見つめられると、まるで蛇に睨まれたカエルのような気持ちになる。

「そうですねぇ」と考える素振りを見せたかと思うと、

「例えば、最近、運動不足が気になるのかジムに通い始めた、とか」

「ひぇっ…!」

「いいじゃないですか、向上心があって。ますます気に入りましたよ」

「今すぐジム退会してきます!」

「まあまあ、落ち着いて」

「わ、私には向上心なんて欠片もないですよ!出来れば三食昼寝付きでダラダラしていたいし、だから赤屍さんの理想には程遠いかと!」

「では、私のところに永久就職すればいい。三食昼寝付きで、家事も家計も私が全面的に面倒を見て差し上げますよ」

「ふえぇ…マスター!」

「はいはい。おい、赤屍、それくらいにしておいてくれ。怯えきっちまって仕事にならんだろう」

「クス…仕方がありませんね」

私が赤屍さんに捕まっている間にマスターは紅茶を淹れていたらしく、それを赤屍さんの前に置いた。

「ありがとうございます」

赤屍さんは優雅にカップを傾けて紅茶を飲んだ。

注文はいつも同じ。
紅茶をストレートで。

ミルクと砂糖を入れないと飲めない私からすると、それだけでオトナだなあと思ってしまう。
私もいつかはそのままの紅茶の味を楽しめるようになるのだろうか。

「焦ることはありません。貴女はまだそのままでいて下さい」

「赤屍さん…?」

「大人になるということは必ずしも良いことばかりではありませんからね。焦らずゆっくりと、今を大事に生きて下さい」

何やらマスターまでもが、うんうんと頷いている。
大人になるってそんなに大変なことなのだろうか。

「心配しなくとも、いずれ私の手で大人の女性にして差し上げますよ」

「いやいやいや、そんなっ」

「遠慮なさらず」

「遠慮じゃないです!」

マスターがやれやれと言いたげな顔をしているが、私だって必死なんです。

「お店の前、掃除してきますっ」

「おう、頼んだ」

箒と塵取りを持って外に出る。

ドアの前からお店の周辺を掃いて塵取りに入れていると、ドアベルが鳴って開いたドアから赤屍さんが出てきた。

「ごちそうさまでした」

「あ…ありがとうございましたっ」

「今日も一日頑張って下さいね」

「は、はい」

その時、風が吹き、慌てて塵取りを箒で押さえたのだが、うつむいていた顔をふと挙げると、赤屍さんの顔が至近距離にあった。

「!!!?」

あっという間に唇を奪われ、声にならない悲鳴をあげる。

「それでは、また」

悠然と去って行く後ろ姿を見送りながら、瞳に悔し涙が滲む。

しかし、この時私はまだ知らなかった。

午後の講義が終わった後、待ち伏せしていた赤屍さんに「お迎えに上がりましたよ」と拉致されてしまうことを。

恐怖の一日はまだ始まったばかりだった。


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