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「俺さぁ、赤屍さんに蹴り飛ばされたことあるんだよね…」

「えっ、いつ!?」

「ヘヴンさんの仲介でみんなでIL奪還のために無限城に行った時」

その時のことを思い出したのか、銀ちゃんはうつろな眼差しになって続けた。

「あの時はホントにひどかったよ…赤屍さんに追いかけられるし、赤屍さんと二人きりになっちゃうし…」

「その時に蹴られたの?」

「いや、あれは俺も悪かったって言うか、雷帝になりかけたところを赤屍さんに蹴り飛ばされたらしいんだよね。よく覚えてないんだけどさ」

「赤屍さんが銀ちゃんを蹴るなんて…」

「えっ、そこ?うん、まあ、それで、俺を蹴った後、赤屍さん壁に着地したんだって。地面と水平に」

「なにそれこわい」

「俺はそれ以上に怖かったのです…」

「かわいそうに、銀ちゃん。よちよち」

「俺、雷帝になってる時の記憶って殆どないから、MAKUBEXに聞いたんだけど、赤屍さんのドロップキック物凄かったって。俺、反対側の壁にめりこむくらい吹っ飛んだんだって…」

「こわいよぉ…」

「俺はそれ以上に怖かったのです…」

「かわいそうに、銀ちゃん。よちよち」

私は銀ちゃんを慰めながら、ずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。

「赤屍さんて、敵なの?」

「うーん……敵か味方かで言えば敵なんだろうけど、たまに仕事で仲間になったりするから、その辺が微妙なんだよね」

その時、ドアベルの音が鳴り、私と銀ちゃんは同時にそちらを向いた。
そして、同時に青ざめた。

「こんにちは、聖羅さん、銀次くん。今日はお揃いで」

「ひっ」

「ひぇっ」

抱きあってぶるぶる震える私達に構わず、赤屍さんはすぐ隣に腰を降ろした。
カウンターもテーブル席もガラ空きなのに、わざわざ隣に、だ。
これは間違いなく嫌がらせである。
自分を見て怯える私達のことを面白がっているのだ。
なんて恐ろしい男だろう。

「…クス」

小さく笑った赤屍さんが、ひょいと私を抱き上げたかと思うと、あろうことか自分の膝の上に抱っこした。

「よしよし、怖くありませんよ」

語尾にハートマークが付いて聞こえるが、怖くないわけがない。

「銀ちゃ…助けて…」

銀ちゃんは泣きながら無理ですと首を横に振っている。
仲間だと思っていたのに、ひどい裏切りだ。

「交代しますか?銀次くん」

「いえっ!俺は用事を思い出したので失礼しますっ」

銀ちゃんはシュタッと手をあげると、目にも止まらぬ速さで喫茶店から出て行った。
一人だけ赤屍さんから逃亡するなんて、銀ちゃん、ずるい。

「紅茶をお願いします。ストレートで」

膝の上でぶるぶる震えている私を片手で優しく撫でながら、赤屍さんはいつものようにストレートティーを注文した。
マスターも慣れたもので、赤屍さんの膝の上に抱っこされた私など目に入らないかのようにてきぱきと紅茶を淹れている。

「今日は生憎の天気ですねぇ」

「ふ…ふえぇ…」

「台風が過ぎ去ったら、どこかへ出かけませんか?貴女のお好きな所で構いませんよ」

「あぅ…」

「遊園地?プール?それとも、海がよろしいですか?」

私は唯一可能な意思疎通の手段として、ぶんぶんと首を横に振った。
赤屍さんとお出かけなんてとんでもない。
寿命が縮んでしまう。

「おや、お気に召しませんか。では、リゾートなどいかがでしょう?ちょうどリゾートホテルの宿泊券を持っていましてね。プライベートビーチのある良い所だそうですよ」

私は先ほどより激しくぶんぶんと首を横に振った。
赤屍さんとお泊まりなんてとんでもない。
この魔人は私をショック死させるつもりなのだろうか。

「そうですか」

「(ほっ…)」

「では、予約しておきますね。三泊の用意をして待っていて下さい。お迎えに上がりますので」

「(いやああああっ!)」

「そんなに喜んで頂けると私も嬉しいですよ」

赤屍さんと意思疎通が出来ない。
いや、する気がないのだ、この男は。

「そろそろ雨風も強くなって来ましたから、帰りましょうか。送って差し上げますよ」

赤屍さんは紅茶の代金を支払うと、ひょいと私を抱き上げてドアに向かった。

必死でマスターに助けを求める。
が、しかし、マスターは申し訳なさそうな顔で手を合わせて私達を見送った。
常連だと思っていたのに、ひどすぎる。

「楽しみですね。実に愉しい休暇になりそうだ。実に、ね…」

赤屍さんは上機嫌な様子で私を車の助手席に押し込めた。

台風が迫る中、悪夢のドライブが始まろうとしていた。


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