あー、お風呂上がりのカルピス最高。 タオルで髪を拭き終えた私は、冷蔵庫から冷えたカルピスウォーターを取り出してごくごく飲んだ。 火照った身体に水分が吸収されていく錯覚を覚えながら、使い終わったグラスを洗う。 今日も一日大変だった。 後輩が突然休んだせいで、自分の仕事に加えて後輩の仕事まで肩代わりさせられたせいだ。 私だって好きで指導係をやっているわけじゃない。 要領の良い先輩から厄介者を押し付けられた形だった。 その厄介者の後輩が仕事を溜めに溜めていた上に、取引先へのメール返信から納期の確認作業まで、雑用含むありとあらゆる仕事を代わりにやらされたのである。 ただでさえ憂鬱な月曜日が更に嫌なものになったことは言うまでもない。 ──と、何の前触れもなく玄関のチャイムが鳴った。 「はいはーい」 小走りに玄関に向かい、ドアを開ける。 「こんばんは、聖羅さん」 バン! そこに居た『モノ』を確認した瞬間、私は勢いよくドアを閉めていた。 「お風呂上がりですか。シャンプーの良い香りがしますね」 「ひっ!?」 いつの間にか室内に侵入していた『それ』が真後ろに立っていて、私の髪に鼻先を近付けてセクハラ発言をかましてきたため、思わずその場で飛び上がりそうなくらい驚いた。 ちなみに、頑なに『それ』の名前を言わないのは現実を認めたくないからだ。 ただでさえ憂鬱な月曜日が恐怖の一夜に変わってしまう。 「私はこれからオイルサーディンを肴にお酒を飲んで現実逃避するんです!邪魔しないで下さい!」 「オイルサーディンはこれですね」 「あっ、私のおつまみ!」 「私が調理してあげましょう。パスタはありますか」 「そこの棚に……って、違ああう!!」 「すぐ出来ますからテレビでも見て待っていて下さい。今日は世界まる見えの特番で、マヌケなやつら全員逮捕だスペシャルやっていますよ」 「貴方のやっていることも大概逮捕案件ですよね!?」 「まあまあ、落ち着いて」 ふーっ、ふーっ、と肩で息をして威嚇する私を難なくいなして、赤屍さんは既に調理に取りかかっている。 あっ、名前言っちゃった。 「さあ、お酒とおつまみをどうぞ」 「……ありがとうございます……」 悔しいけれども、赤屍さんが作ってくれたオイルサーディンとアスパラのパスタはめちゃくちゃ美味しかった。 私が作ろうとしていた、サバ缶に醤油を入れて温めただけの簡単なおつまみとはレヴェルが違う。 お酒が疲れた身体に沁み渡るようだ。 思わず、くう〜と声が漏れる。 「沁みますか」 「沁みますね」 「よろしければマッサージして差し上げますよ」 「えっ」 それってありなの? 不法侵入者にマッサージされるのはありなの? どちらかと言えば無しだが、疲労とむくみを訴えている身体は、ありよりのありだと言っている。 私はちょっと迷った末に、お願いすることにした。 「じゃあ……ちょっとだけ、お願いします」 「任せて下さい」 小さく笑った赤屍さんが首筋を揉んだ。 なんだこれ。いきなりツボにググっと入っている。 はあああんな感じと言えばわかるだろうか。 私は一瞬で天国まで駆けのぼっていた。 「ああっ、そこイイですぅ!」 「そうですか。それは良かった」 「もっとグリグリしてぇ!」 「こうですか?」 「はぁん!はぁぁん!」 「もしよろしければ全身マッサージして差し上げますよ?」 「ハァハァ……是非お願いします」 ベッドに場所を移し、本格的なマッサージが始まった。 もはや私はなすがままである。 赤屍さんにされるがまま、快感に身悶えたた。 ・ ・ ・ ・ 「はっ!?」 気がつくと、赤屍さんはいなくなっていた。 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。 時刻はすっかり真夜中だ。 テーブルの上にメモが置かれていた。 『おやすみなさい。良い夢を』 最強最悪との呼び名も高い運び屋は意外と紳士だったようだ。 ドアにはしっかりと鍵とチェーンがかけられていた。 赤屍さんがどうやってこの密室から出て行ったのか。 それだけがどうしてもわからない。 |