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赤屍さんが握っている三本のメスから赤い血が滴り落ちている。

誰の、などと聞く必要はなかった。

辺りに満ちた鮮血の匂い。

逃げ出そうとする暇すらならかったのだろう。
室内にある死体は、その殆どが座ったまま首を切り裂かれて息絶えていた。
どの顔もよく知っているものばかり。
当たり前だ。ここは私の親戚の家なのだから。

「どうして…」

「ご挨拶に伺ったのですが、私との結婚を認めて頂けなかったので、仕方なく」

まるで悪びれた様子もなく赤屍さんが告げる。

「ひどい…ひどすぎます…!」

「泣かないで下さい。大丈夫、自分が殺されることすらわからないまま死んだ方ばかりですよ」

見れば、一人だけこの場から逃げ出そうとして途中で息絶えた死体があった。
血の痕が広間から廊下まで続いている。
手にはスマホを握っていた。
恐らく、通報しようとしてそのまま亡くなったのだろう。
無念さが伝わって来る死に様だった。

「叔父さん…!」

それは、親戚の中で一番私を可愛がってくれた叔父さんの変わり果てた姿だった。

「聖羅ちゃん、誰か良い人はいないのかい。叔父さんに紹介してよ」

そう言って笑っていた優しい叔父さんが、どうして。
何故こんな風に無惨に殺されなければならなかったのか。

「どうして!どうして!どうして!」

赤屍さんの胸板に拳を何度も叩きつける。

「どうしてこんな酷いことが出来るんですかっ!」

「人間など、所詮肉の詰まった袋のようなものですよ。今私に殺されなくとも、いずれは死んでいたはずだ」

違う。そんなことが聞きたいわけじゃない。

「愛してるって…言ってくれたじゃないですか…!」

私のことを愛していると言ってくれたのに、どうして。

「愛していますよ。貴女だけを、心から」

赤屍さんは泣きじゃくる私を抱き上げて、優しい声音で囁いた。

「だから、邪魔者を排除したのです。貴女のためなのですよ」

「うそ…嘘つき…!」

「嘘ではありません。さあ、帰りましょう。もうここに用は無いでしょう」

遠ざかっていく懐かしい人達に向かって手を伸ばす。
もう二度と動くことのない、冷たくなっていく死体に向かって。


「聖羅さん」

車が軽く跳ねた衝撃で目が覚めた。
大きい石か何かの上を通ったらしい。

「怖い夢を見ていたようですが、大丈夫ですか?」

怖い夢。
あれはただの夢。

低く響く車のエンジン音を感じながら、額に滲み出た汗をぬぐった。

「もうすぐ着きますよ」

「…着く?」

「貴女の親戚の家です。ご挨拶に伺いに行くところなのですが、忘れてしまいましたか?」

まだ寝ぼけていると思ったのだろう。
小さく笑って、赤屍さんが片手で私の頬を撫でた。

フロントガラスの向こうに灯る明かりが近付いて来る。
見慣れた家が近付いて来る。

「皆さん、歓迎して下さると良いのですが」

もし、そうでなければ……
という含みを持たせた声音に、身体が震え始める。

どうやら、惨劇の夜を回避出来るかは、私にかかっているようだ。

このひとが殺人鬼と化すのを何とかして止めなければならない。

私のせいで死体が増えないように。


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