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東京は夜の七時という歌がある。

恋人と待ち合わせていた女性が待ち合わせ場所のレストランに行くとそこは既に潰れてしまっていた、という内容で、私の場合、友人と待ち合わせていた店が閉店していたわけだが、似た状況にその歌を思い浮かべたのは言うまでもない。

すぐにスマホを取り出し、友人に電話をしようとしたら、突然足下にぽっかりと穴が開き、私はその中に落ちてしまった。
穴の下は何故か夜の東京の上空で、何が起こっているのかわからないまままっ逆さまに落ちていく私。

そんな私を救ってくれたのが赤屍さんだった。

ビルの壁を蹴って飛んだ彼は、落ちて来る私を受け止めると、そのまま地上に着地した。

…何を言っているかわからないと思うが、私も実はまだ自分の置かれた状況がよくわかっていない。

「貴女は、このセカイでバビロンと呼ばれる世界から落ちて来たのですよ」

「バビロン…」

「そう呼ばれていますが、要は別の次元にある地球のことです。何らかの力が働いて、次元と次元を繋ぐ空間から移動してきた、と言えばおわかりになりますか?」

おわかりになりませんでした。
理解が追い付かず完全に頭を抱えてしまった私に、赤屍さんは優しく微笑んだ。

「早い話が、貴女は別の世界に来てしまったということです。恐らく、こちらには貴女の住んでいた家などは無いでしょう」

「そ、そんな…!」

しかし、それは事実だった。

赤屍さんの知り合いの運転手さんにタクシーで我が家があるはずの場所まで連れて行ってもらったのだが、そこに建物は無く、代わりに見たこともない公園があったのだ。

見慣れた景色の中にある、見知らぬ公園。

これにはかなりショックを受けた。

「大丈夫、何も心配はいりませんよ、聖羅さん。私に任せて下さい」

「赤屍さん…」

「私が責任をもって貴女を保護します。さあ、帰りましょう」

「帰る…?」

「そう、今日から私の家が貴女の帰る場所ですよ」

それから私は赤屍さんに抱きしめられて、彼の胸に顔を埋めて泣いた。
独りぼっちになってしまったと思っていたけれど、こうして親切にしてくれる人がいる。
それはとても頼もしいことだった。

だから、赤屍さんに求められた時、私は喜んで彼を受け入れた。

こうして、私は赤屍さんと恋人同士になったのである。


「蔵人さん、お帰りなさい!」

「ただいま帰りました。何も変わりはありませんでしたか?」

「はい、今日もいつも通りです」

蔵人さんに抱きしめられてただいまのキスをされた私は、今日も変わりのない一日だったことを報告した。

どうやら蔵人さんは、彼がいない間に私がいなくなってしまうのではないかと心配しているらしい。

私も帰れるものなら帰りたいけれど、今のところ全く帰れそうな兆候はなかった。

運び屋をしている蔵人さんは、仕事が不規則だ。
でも、大抵は夜の間に出掛けることが多いので、昼間は一緒にいられる。
あのタクシーの運転手さんも運び屋仲間だそうだ。
たまに一緒にお仕事をすると、私のことを聞かれるらしい。
そのたびに蔵人さんは元気にやっていますよと教えてあげているのだとか。
優しい人なんですね、と言ったら蔵人さんが焼きもちを妬いたので笑ってしまった。

いまの私には蔵人さんしかいないのに。

「愛していますよ、聖羅さん」

「私も…愛しています」

蔵人さんにキスをされると、心も身体も蕩けてしまって、他に何も考えられなくなってしまう。
それ以上のことをされると、尚更だ。

蔵人さんはセックスが巧い。
情熱的だし、テクニシャンだ。

だから私はいつもぐずぐずに蕩けきって、終わったあとはぐったりとして動けなくなってしまうのだった。

「さあ、食事の支度をしましょう。お腹がすいたでしょう」

「はい、私もお手伝いします!」

「ありがとうございます。では、一緒に作りましょう」

二人してきゃっきゃっとイチャつきながらキッチンに向かう。

「聖羅さん。いま、幸せですか?」

だから、蔵人さんからの質問にこう答えるのだ。

「はい、とっても」

そうすると、いつも蔵人さんは優しく微笑んでくれるから。

東京は夜の七時。

私は今日も幸せだった。


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