※これの続き 職業柄、相手の身体の状態は触れればすぐに解る。 コリが酷いという事は無さそうだ。 特に痛めている箇所も無し。 ざっとチェックした感じ、左右の差も無い。 男の肉体は非常に理想的な状態であるように思えた。 「凄いですね。触るだけでわかるのですか」 「まあ、一応プロですから」 「なるほど。熟練した技術に裏打ちされた経験則というわけですか」 するりと手を取られ、意味ありげな手つきで撫でられる。 「こら、お触りはダメですよ」 「ええ。ちゃんと良い子にしていますよ」 クス…と艶やかに笑って聖羅を流し見た男は、言葉通り大人しく寝そべったまま、それ以上何かを仕掛けてくる様子はない。 長年マッサージ師をやっていると、当然ながら妙な客に当たることもある。 だが、上客であるヘヴンと同じく、この赤屍蔵人も聖羅にとっては扱いやすい部類に入る客だった。 出会いは、ヘヴンに誘われて行ったダイニングバーで。 そこで偶然顔を合わせ、酔っ払ってしまったヘヴンを彼氏が迎えに来るまで一緒に彼女のお守りをしてくれたのが赤屍だった。 そのお礼にと自宅への出張マッサージを申し出たら、今日呼び出しがあったというわけだ。 「じゃあ、マッサージしていきますね」 「お願いします」 それにしても、この男、色っぽいにも程がある。 上半身だけ裸になってうつ伏せに寝ているだけなのに、漂う色気が凄まじい。 表面上何食わぬ顔でマッサージしているが、内心は冷や汗ものだった。 男性に免疫がないわけではない。 それでも、しなやかな筋肉に覆われた黒豹のようなこの男の身体に触れていると、それだけでドキドキしてしまうのは紛れもない事実だった。 外は雲ひとつない秋晴れだというのに、この寝室の中だけ淫靡な空気が漂っている。 「どうかしましたか?」 その元凶が、耳に心地よいテノールで尋ねてきた。 「い、いえ、なんでもありません」 まさか、あなたに欲情してしまいそうで戸惑っていますなどと言えるはずもなく、聖羅はマッサージする手に意識を集中させた。 客と恋愛関係になるのは良くない。 絶対に、良くない。 「…意外に手強いですね」 「えっ、いま何て?」 「いえ、なんでもありません。マッサージはもう終わりですか?」 「はい、仕上げをしますので起き上がって下さい。ベッドに腰掛けて…はい、いいですよ」 「ありがとうございました」 先ほども目にしたのだが、赤屍の上半身には酷い傷痕がある。 両手、両脇にも、まるで杭を打たれたような痕があるが、左半身を真っ直ぐ縦に切り裂かれたような傷痕が一番酷い。 「見苦しいものをお見せしてすみません」 「そんな…そんな風に思ったりしません」 「そうですか?」 「当たり前です」 「では、こんな身体の私に抱かれても良いと?」 「は…じゃなくて!なんでそうなるんですか!」 「すみません。貴女があまりに痛ましそうに傷痕を見つめていたので、つい」 「からかったんですね、もうっ」 「すみません。…クク」 「笑ってる!」 はあ、と大きな溜め息が漏れた。 愉しげな笑みを浮かべた赤屍と目が合う。 「冗談ではないと言ったら、どうしますか」 「!か、帰ります!お疲れさまでしたっ!」 あたふたと帰り支度をして寝室を飛び出す。 玄関まで走ってきて靴を履いていると、シャツを羽織った赤屍が悠然と歩いてきた。 「見逃して差し上げるのは今回だけですよ。次は逃がしてあげませんので、そのおつもりで」 「し、失礼します!」 勢いよくドアを開けて外に出る。 その場にへたりこみそうになる身体を叱咤して何とかエレベーターに乗り込むと、聖羅は深く安堵の息をついた。 やっぱり、初めて会った時に感じたことは間違っていなかった。 あの男は蛇だ。 毒を持った大蛇だ。 丸飲みされてしまわない内にと、聖羅は尻尾を巻いてその場から逃げ出した。 |