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残業をしていたらすっかり遅くなってしまった。こんな時間に帰るのは久しぶりだ。
明日も普通に朝から仕事だから早く帰ってさっさと寝てしまおう。
ほとんど街灯のない真っ直ぐなこの一本道を進めば自宅はすぐそこだ。

ふと振り返ると、遠くにある街灯の下に佇む人影が目に入った。遠すぎて女か男かもわからない。ただじっと立ったままでこちらを見ているようだった。
何だか気味が悪くなって、また前に視線を戻すと先ほどよりも急ぎ足で歩きはじめた。

まさかついてきてないよね、と思いながらちらりと後ろを見る。

──そのまさかだった。

人影は先ほどよりも近くの街灯の下まで来ていた。今度ははっきりとその姿が見えたため、思わず悲鳴をあげるところだった。

それは白いワンピースを着た女だった。長い黒髪に隠れて顔は見えないが、どう見ても普通の人間ではない。

嘘でしょ、と泣きそうになりながらスマホを取り出す。

「ひっ」

電話をかけようとした私は今度こそ声をあげてしまった。
ほんの少し目を離した間に女はさっきよりも近い場所まで移動していた。

それでようやくわかった。何故だかはわからないけど、アレは私が見ている間は動かず、目を離すと近付いて来るのだと。

ど、どうしよう……。

お互いに身動きしないまましばらくにらみ合いが続いた。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。
全速力で走れば何とかなるだろうか。

「……よし」

覚悟を決めた私は女に背を向けると自宅に向かって走り出した。

怖くて後ろを振り向けない。
脇目もふらずひたすら全速力で走り続ける。

──あの角を曲がれば家はすぐそこだ。

安堵したせいか私はやってはいけないことをした。
後ろを振り向いてしまったのだ。

すぐ目の前に女の白い顔が迫っていた。
濁った目が恨めしそうに私を見ている。
女が私に掴みかかろうとするのと私の口から悲鳴が迸ったのはほぼ同時の出来事だった。

次の瞬間、優しくも力強い腕が背後から私を抱き締めるようにして支えてくれたと思ったら、片方の腕から突き出された赤い剣が女を刺し貫いていた。
この世の者ではあり得ない恐ろしい叫び声をあげた女は瞬く間に消え失せてしまっていた。

「だから、遅くなる時は連絡して下さいと言ったでしょう」

ひんひん泣きながら縋りつく私を抱き締めて優しい声で宥めながら赤屍さんが言った。

「夜道は危険ですからね」

確かに赤屍さんの言う通りだが、私が想定していた危険に人間じゃないものは含まれていなかったので仕方がない。
誰だって暗い夜道で化け物とだるまさんが転んだをやる羽目になるとは思わないだろう。思わないはずだ。

「よしよし、怖かったですねぇ。もう大丈夫ですよ」

まだひんひん泣いている私に優しくキスをすると、どんな怪異よりも恐ろしい存在であると思われる私の恋人は、私の身体を軽々と抱き上げて自宅に向かって歩き始めた。


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