「赤屍さん、雪です!」 いつもよりもゆっくりめに起きた朝。 カーテンを開けると、空から大きな牡丹雪が降ってきていた。 「なるほど。道理で冷えるはずだ」 後ろに立った赤屍さんが肩からブランケットを掛けてくれる。 「風邪をひきますよ。朝食を作って来ますからベッドで待っていて下さい」 「はぁい」 素直に布団に潜り込むと、赤屍さんは小さく笑って寝室を出て行った。 お布団の中はまだ二人分の体温で温められたままでぬくぬくしていてあたたかい。 外は寒いんだろうなあと考える。 雪が降るくらいだから相当寒いに違いない。 都心や自分の家があった辺りはどうだろう。やはり冷え込んでいるのだろうか。 東京から少し離れた場所にあるこのセーフハウスに移り住んでからまだ間もないが、既にここでの生活に馴染みつつあった。 ここでの暮らしは、毎日がゆったりとしている。 思いきって仕事を辞めて移り住んだせいもあるかもしれない。 毎日馬車馬のように働いていた頃に比べて精神面でも物理的にも余裕のある生活が送れていた。 優しい恋人が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのもあって、まるでお姫様になった気分だ。毎日がとても楽しい。 ここに移り住むにあたって、相談した友人からは、「とうとう囲われることになったんだね」と、やや物騒な感想を頂いたものだけれど。 「お待たせしました」 寝室のドアが開き、片手にトレイを持った赤屍さんが戻って来た。 赤屍さんは素敵だ。 整った顔立ちに、すらりとした長身で、所作にも品があって優雅でさえある。 しなやかな動きは黒豹を連想させた。 裏稼業界隈では最強最悪の運び屋として有名だが、それさえも彼の非凡さを引き立てる要素となっている。 そんな素敵な赤屍さんは、恋人としても完璧な人だった。 「どうしました?私の顔が何か?」 「いえ、赤屍さんは優しいなあと思って」 「私が優しいとしたら、貴女にだけですよ」 カチャと食器が触れあう音をさせて赤屍さんがトレイを置く。 フレンチトーストをナイフとフォークで切り分けて、彼はそれを私の口元に運んだ。 「はい、あーん」 「あーん」 ぱくり。 一口食べたそれは、とても甘くて美味しかった。 赤屍さんは私より料理が上手い。 外科医だけあって手先が器用なのだろう。 大抵のことはこなしてしまう。 私が不器用なだけ、ということではないはずだ。たぶん。 「美味しいです」 「お口に合って良かった。まだまだありますからね」 私は雛鳥が親にそうしてもらうように赤屍さんの手によって食事を与えられていた。 「食べ終わったら少し休んでから、一緒にお風呂に入りましょうね」 「えっちなことします?」 「さて。どうでしょう」 しますよね。するでしょう。だって、赤屍さんの目がそう言っているから。 ああ、ドキドキしてきた。 「顔が赤いですよ」 「だって、赤屍さんが」 そんな目で見るから。 「貴女が可愛いからいけないのですよ」 身を乗り出した赤屍さんに優しくキスをされる。 メイプルシロップの味がするそれは、とても甘くて。 私はいまこの瞬間自分が置かれている状況に例えようもない幸せを感じていた。 雪に閉ざされた家の中で、私達はお互いだけを見つめて暮らしている。 |