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「恨まないでくれよ」

こんなことをされてどうして恨まないでいられるだろう。
手首をきつく縛っている縄を緩めようと悪戦苦闘しながら睨み付けてやれば、相手は気まずそうに目を逸らした。

「この村ではずっと昔から行われてきたことなんだ。生け贄は、村を出て都会に行った若い者の中から選ばれる。今年は偶々お前だったってだけさ」

実家のある田舎の村では土着の宗教が広く信仰されていて、数十年に一度大きな祭りが開催されるということは知っていた。
しかし、まさか、帰省していた自分がその祭りの生け贄に選ばれるとは思いもよらなかった。
昔から知っている幼なじみやお巡りさん、親戚の伯父さん伯母さんまでもが皆グルになって私を殺そうとしているなんて、こうして縛られているいまでもまだ信じられない。

ここは洞窟の地下にある地底湖の畔だ。
祭りを見に行くために実家から出たところを襲われて無理矢理連れて来られたのだった。

「ほら、ヌシ様がおいでになったぞ」

祭司の格好をした村長の言葉に、私は湖のほうを見た。
湖面にさざなみが広がっていき、ざぱりと何か巨大なものが底から浮かび上がってきたのがわかった。

「ヌシ様、今回の供物です」

村長の傍らに立っていた男が松明を湖へと近づけたので、私にもソレが見えた。

猿ぐつわをされていなかったら、悲鳴をあげていただろう。

ソレは人間によく似た巨大な頭だった。
海草のような髪の毛らしきものがあり、巨大な頭に相応しい巨大な口にはギザギザの歯が並んでいる。

ソレは私を見てカチカチと歯を鳴らした。

「悪く思わんでくれよ。村のためなんじゃ」

「数十年に一度生け贄を捧げんと、村が滅ぼされてしまう」

「お前の家族のためでもあるんだ」

皆、口々に勝手なことを言っているが、要は私をこの化け物に食べさせようとしているのだからとんでもない話である。

気味の悪い呻き声をあげながらソレが大口を開けた。

こんな所でこんな死に方をするなんて酷すぎる。

「ほら、行け!」

背中をどんと押されてついにソレの口の中へ……と思ったら、私の身体は誰かに抱き上げられて宙を飛んでいた。
私を救ってくれたのは

「(赤屍さん!)」

「探しましたよ、聖羅さん。間に合って良かった」

とん、と軽く着地した赤屍さんが微笑む。
私の猿ぐつわを外し、縄を切って解放してくれた彼は、ちらりと村長達のほうを見て冷笑を浮かべた。

「私の大切な聖羅さんを、よりによってこんな醜い化け物に食わせようなど……許しがたい愚かな人達だ」

赤屍さんの言葉に反応してソレが吼えた。
洞窟の中で反響する不気味なその声から逃れようと手で耳を塞ぐ。

「うるさいですよ」

次の瞬間、ソレは真っ二つに切り裂かれていた。
ぶくぶくと泡を立てながら残骸が沈んでいく。
ヌシ様などと呼ばれていた化け物のあまりにも呆気ない最期に、村長達は呆然としていたが、やがて奇声をあげて赤屍さんに襲いかかった。

暗い洞窟の中に幾つもの光の線が走り、全員がコマギレになって、どしゃどしゃと音を立てて洞窟の地面に落ちて血溜まりを作った。

「やれやれ…こんな場所では烏の餌にはなりませんね」

「赤屍さん…!」

私は赤屍さんに駆け寄り、その胸に抱きついた。
赤屍さんはただ身長が高いだけではなく、いいガタイをしている。
こうして両腕で抱きしめるとそれがよくわかる。

「さあ、帰りましょうか」

「はい!」

赤屍さんに手を借りて洞窟を歩きながら、そういえばと不思議に思う。

「どうしてこの場所がわかったんですか?」

「祭り会場で村の方達に聞いて回りました」

「えっ」

「当然ながら素直に教えて頂けなかったので、少々手荒な真似をしてしまいましたが、まあ、お気になさらず」

赤屍さんの言う少々がどんなものであったのか、外に出てすぐわかった。

祭壇の下から出て来た私が見たものは、

祭り会場を埋め尽くす、一面の赤。

「安心して下さい。知らなかった人はちゃんと逃して差し上げましたから」

目眩を感じてふらついた身体を赤屍さんが支えてくれる。

「大丈夫ですか、聖羅さん」

あまり大丈夫とは言えない。

自業自得と言い切れないむごたらしい惨状に、私は一人、頭を抱えたのだった。


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