「寒くありませんか?」 「大丈夫です」 5月ともなれば、もう大分気温が上がっいて暖かい。 ただ、海辺なので潮風はやはりまだ少し冷たかった。 カーディガンを着てきて正解だった。 海に行きたい。 そうお願いした私の希望を赤屍さんは叶えてくれたのだった。 海沿いの道をドライブがてら車を走らせてここまでやって来たのだが、やはり人影はまだまばらだ。 「では、少し歩きましょう」 赤屍さんと手を繋いで浜辺に降りていく。 砂を踏む独特の感触は久しぶりだ。 夏以来だから、もうすぐ季節が一巡りしてしまう。 そんなにも長く赤屍さんとお付き合いしているのだと思うと不思議な感覚だった。 最初はあんなに怖いと思っていた人が、いまではかけがえのない存在になっている。 蛮ちゃんには赤屍の粘り勝ちだなとからかわれてしまったけれど、実際そうなのだから仕方がない。 怯えて逃げ回る私を、赤屍さんは実に根気強くストーキング…追いかけ回してくれた。 そして、深い愛情を惜しみなく注いでくれた。 「あと少し遅かったら強行手段に出ていたかもしれません」 と薄く笑って言われた時にはさすがに背筋が寒くなったけれど。 まあ、犠牲が出なくて良かった。 「貴女もやりたいですか?」 波打ち際で足首まで海に浸かって水をかけっこしているカップルを見ながら赤屍さんが言った。 「いえ…さすがにあれはちょっと」 恥ずかしいです。 それに濡れたらきっと寒いし。 「やりたいことがあれば何でもおっしゃって下さいね。私はそういう知識はあまりないので」 「手を繋いで歩いているだけで充分幸せです」 「そうですか」 さっきのカップルは今度は追いかけっこを始めている。 凄いなあ。 「聖羅さん、温かい飲み物でも飲んで休憩しませんか」 「はい、賛成です」 私が少し歩き疲れたのを見計らったかのように赤屍さんが言った。 こう見えて彼はお医者様なので、観察眼が鋭いのである。 私のことは何でもお見通し過ぎてちょっと怖いくらいだ。 階段に座り、近くのカフェで買った紅茶を飲む。 紙製のカップを持つ手の平に感じる温度は少し熱いくらいだが、ふうふうと吹き冷まして飲むには丁度良かった。 「聖羅さん、これを」 赤屍さんに手渡されたのは小さな貝殻だった。 「可愛い!いつ拾ったんですか?」 「秘密です」 「えー意地悪」 クスクス笑う赤屍さんに拗ねて見せると、優しく髪を撫でられて宥められた。 「本当に可愛らしい方ですね、貴女は」 手の中には小さな貝殻。 海デートの想い出の締めくくりは紅茶味の優しいキスだった。 |