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男もすなるいま流行りのソロキャンプといふものを、女もしてみむとて、するなり。

それにしても夜風が冷たい。
焚き火と淹れたての紅茶で暖をとっていなければ、たちまち凍えてしまっていただろう。
そうしてテントの前に置いた椅子に座り、星空を眺めてまったり過ごしていたのだが。

「こんばんは」

「ひえっ!?」

突然聞こえてきた声に驚き、ひっくり返りそうになる。
令和元年最後の満月、コールドムーンを背にして、その男は立っていた。
つい先ほどまで人の気配などなかった場所に。

「こんなところでソロキャンプとは、なかなか面白い方ですね」

「えっ」

「おや、ご存知ないのですか」

彼曰く、この近くには有名な心霊スポットがあるのだとか。
『近くの小屋には死体が山積みされていて、それがゾンビとなって襲いかかってくる』
『トンネルに入ると車に乗っていた男性が突然笑い出し、精神病院へ20年間入院した』
といった恐ろしい体験談を彼は臨場感たっぷりに語ってくれた。

何も知らずにそんな場所でキャンプをしていた私は彼の話を聞いて震え上がった。
そんな私を見て、彼は実に楽しそうに微笑んでいる。

「怖いのなら、朝までお付き合いしましょうか?」

こくこく頷いた私に、彼は赤屍蔵人と名乗った。

「仕事で近くに来ていたのですが、貴女のお相手をするほうが楽しそうだ」

「お仕事はいいんですか?」

「もう済みましたから心配いりません」

こんな夜更けに山の中でする仕事とは何だろう。
聞いてはいけない気がして、それ以上追求するのはやめておいた。

「私にも紅茶を頂けますか」

「あ、はい」

予備のマグカップに紅茶を注いで赤屍さんに渡す。
受け取った彼の手の平に大きな傷痕があるのが見えた。
まるで、そこに楔を打たれていたかのような痕。

「ありがとうございます」

他に人気のない山の中で、素性もわからない男と二人きり。
恐怖を感じてもおかしくない状況だが、不思議と怖くはなかった。
むしろ、守られているような気がして、安心してしまう。

赤屍さんと話すのは楽しかった。

話はいつまでも尽きず、結局私が寝落ちしてしまうまで続いた。

「あれ……?」

目が覚めると、寝袋の中だった。
自分で入った覚えはないから、赤屍さんが入れてくれたのだろう。

「赤屍さん?」

呼んでみるが、返事はない。
どうやら帰ってしまったようだ。

もそもそと寝袋から出て、簡単な朝食をとる。
テーブルの上にはランタンを置き石代わりにしてメモが置かれていた。
赤屍さんの名前と連絡先が書いてある。

これっきりで終わる関係にはしたくないと思っていたから、これは素直に嬉しい。
ふんふんふんと鼻歌を歌いながらテントを畳み、後始末をする。

片付け終わり、荷物を抱えて車に積みに行った私は悲鳴を上げた。

辺り一面に転がる、バラバラ死体。

コマギレにされた、死体、死体、死体。

でも、よく見ると、なんだか様子がおかしい。
おびただしい量の死体の数の割りには、血が少ないのだ。
まさか、と頭をよぎったのは、昨夜聞いた噂話。

──近くの小屋には死体が山積みされていて、それがゾンビとなって襲いかかってくる──

「そんな……」


私は確かに守られていたらしい。

あの、謎めいた黒衣の男の手によって。


キャンプ用品を積んだ車を走らせながら、私はメモに書かれていた連絡先に電話したほうがいいのかどうか迷っていた。


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