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ある日突然、魔法の鏡の誤作動とやらでポイとこの世界に投げ出されてから、早数ヶ月。
学園長から食堂の仕事を任されることになり、このナイトレイブンカレッジの生徒達の胃袋を満たすべく、毎日忙しく働いている。
身一つで学園の外に放り出されなかっただけでも有り難い。
何しろここは魔法が当たり前のように飛び交う異世界だったので。

私の朝は朝食の仕込みから始まる。

ものによっては前夜から、あるいは数日前から下拵えすることもあるが、大抵は早朝の仕込みから始まることが多い。

この仕事を任されてびっくりしたのは、食材や料理が私の居た世界のものと似通っていたことだ。
これならやれると俄然自信が湧いてきた。

育ち盛りの男の子達の好みそうな料理──唐揚げや生姜焼きやハンバーグなどで、がっつりと生徒達の胃袋を掴んだ私は、他のシェフからも認められる存在となった。
近頃は和食にも力を入れていて、この前はポムフィオーレの寮長さんからヘルシーで美容にも良いと直々にお褒めの言葉を頂いたくらいだ。

朝食が終わったら、皿洗いなどの片付けをし、昼食の準備を行う。
昼食が終わったら、夕食の準備と、とにかく忙しい。

ただ、そんな忙しい日々の中でも少しずつ生徒さん達と会話を交わすなどして仲良くなることが出来た。

「おはよう、なまえ」

「おはよう、リドルくん」

「良い匂いだね。今朝はミネストローネかな?」

「はい、沢山食べて下さいね」

ミネストローネを注いだスープボウルをリドルくんに渡す。

「ありがとう。ああ、美味しそうだ」

彼は、スープの他に、スクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコンが入った皿をトレイに乗せ、パンのバスケットから二つほどパンを取り出してトレーに加えた。

リドルくんは上品な食べ方で何でも残さずぱくぱく召し上がるので、嫌いな食べ物とかは無いのだと思っていたら、どうもジャンクフードの類いが駄目らしい。
そのリドルくんのところの一年生コンビにおやつをねだられてハンバーガーと山盛りのフライドポテトを作ってあげたことがあるけれど、二人ともあっという間に平らげてしまった。
さすが育ち盛りの男の子。
彼らと比べると、リドルくんはいささか食が細い気がする。
もっと成長期に合わせた栄養のある食事をとってほしいものだけど。
余計なお世話だろうか。
そんなことを思い悩んでいると、リドルくんが安心させるように微笑んだ。

「心配しなくてもキミの作る食事はどれもとても美味しい。特に、キミの故郷の伝統食だという『和食』は健康的で味もいい。誇るべき伝統だよ」

「おや、面白そうな話をしていますね。僕も好きですよ、なまえさんの手料理。毎日でも食べたいくらいに」

ジェイドくんが言うと、途端に怪しげな響きに聞こえるのは何故だろう。
リドルくんも、突然会話に割って入ってきたジェイドくんを不審そうに見ている。
この二人、確か同じクラスなんだよね。
成績優秀な二人がいることでクラスの平均点が爆上げされていそうだ。

「……ジェイド」

「はい、何でしょうリドルさん」

「ボクがなまえと話していたのだけどね」

「それは失礼。ですが、彼女を独り占めされては困ります。抜け駆けは無しですよ」

「抜け駆けだって?ボクはただ」

「朝の挨拶をしていただけ。ええ、わかっていますよ。なまえさん、僕にもミネストローネを」

「あっ、はい。どうぞ」

「ありがとうございます。美味しそうですね」

ミネストローネを受け取ったジェイドくんもやはりスクランブルエッグの皿を取り、パンを五個も六個も取ってそこにフルーツの盛り合わせを加えた。
この世界の人魚は魚介類だけじゃなくてフルーツも食べるらしい。

「今日は約束の日ですよ。忘れないで下さい」

ジェイドくんが艶やかな美声で私に耳打ちする。

「約束?ジェイドと何を約束したんだ?」

リドルくんが眉を吊り上げて言った。

「貴方には関係ないでしょう」

「みすみすなまえがキミの毒牙にかかるのを見過ごせと?」

「毒牙だなどと……心外です。僕はただ、彼女をモストロラウンジにご招待しただけですよ。いつもお世話になっている御礼にね」

「それならボクもなまえを招待しよう。『なんでもない日』のティーパーティに招待するよ。マロンタルトは御法度だけど、トレイがケーキを用意してくれるから、遠慮せずにおいで」

リドルくんが私に向かって笑いかける。
『なんでもない日』のティーパーティ……どこかで聞いたような名前のお茶会だ。

「残念ですが、今日は僕が先約です。構わないでしょう?」

「そうだね。だから、ボクは明日彼女を招待しよう。構わないだろう?」

二人の間にバチバチと火花が散って見える。

笑顔で対峙する二人の後ろから、ディアソムニアのシルバーくんの眠そうな顔が現れた。

「きのこのリゾット」

あ、はいはい。

私がきのこのリゾットを皿によそってシルバーくんに渡す間も、リドルくんとジェイドくんの戦いはまだ続いていた。

懐いてくれるのは嬉しいけど、喧嘩は駄目だよ。

「協議の結果、交代で招待することになりました」

「仕方なくね」

「これが向こう一週間の貴女のスケジュール表です。忘れずに来て下さいね」

「約束を守れなかったら首をはねてしまうよ」

おおう……。


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