学園長からナイトレイブンカレッジへの留学が決まったと聞き、私は文字通り飛び上がらんばかりに喜んだ。 私の通っている学園は共学だが、学園長はナイトレイブンカレッジの学園長と親交が深いということで特別に一年間だけ交換留学が行われることになったのだ。 これでやっと幼なじみのリドルと再会出来る。 その事実は私の心を踊らせた。 何しろ、彼のもとへ黒い馬車が迎えに来るまで、私達はずっと一緒に過ごしてきたのだから。 私の祖父は薔薇の王国でも指折りの名士だったため、私はリドルの厳格なお母さまに唯一一緒に遊ぶことを許されていた女の子だったのだ。 リドルといるのは楽しかった。 厳格なお母さまに厳しく躾られたせいで小さな王様のようだった彼も、私には優しかったから。 私の大切なお友達。 ナイトレイブンカレッジに入学したリドルとは、ずっと文通を続けていたけれど、やはり同じ学舎で共に学び、生活を共に出来るというのは格別の喜びがある。 希望する寮はもちろん、リドルが寮長を務めているハーツラビュルだ。 リドルによると、闇の鏡という魔法の鏡によって各寮に選別されるらしい。 何としてもハーツラビュルに選んで貰わなくては。 そして、いよいよナイトレイブンカレッジに留学する日がやって来た。 憧れだった黒い馬車に乗り、いざ学園へ。 私達留学生は二年生なので、今年ナイトレイブンカレッジに入学する一年生とは別に入寮式が行われることになっていた。 厳かな雰囲気の広間で、寮長と思われる式典服を纏った人達が見守る中、鏡の前に順番に進み出る。 リドルは……と視線を彷徨わせると、式典服に身を包んだ小柄な人物が私に向かって僅かに頷いたように見えた。 リドルだ。間違いない。 リドルが見守ってくれている。 それで少し緊張が和らいだ気がした。 次は私の番だ。 「汝の魂のかたちは……」 闇の鏡に映し出された不気味な顔が告げる。 「……オクタヴィネル!」 ──その瞬間、目の前が真っ暗になったような気がした。 後のことはあまり良く覚えていない。 確か、オクタヴィネルの寮長だという人がやって来て、寮へと案内してもらったのだった。 寮生活に関することの説明を受けたので、それは何とか記憶しようと頑張った。 けれど、私の心を占めていたのは、きっと、リドルを失望させてしまったということだけだった。 そのことが悲しくて哀しくて仕方がない。 「大丈夫ですか?」 一人になりたくて談話室を出たのに、誰かが後をついてきていたようだ。 「リドルさんと別々の寮になってしまって残念でしたね。でも、彼は怒っていないと思いますよ」 優しく慰められて顔を上げると、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。 「ああ、泣かないで下さい。貴女の涙は人魚姫のそれのように美しいけれど、胸が苦しくなる」 そう言ってハンカチで優しく私の目元を拭いてくれたのは、びっくりするくらい綺麗な男の人だった。 きちんと切り揃えられたターコイズ色の髪に、トパーズとオリーブ色の美しいオッドアイ。 思わず涙も引っ込んでしまい、ぼうっとなってその人を見上げる。 「初めまして。僕はジェイド・リーチと言います。オクタヴィネルの副寮長を務めていますので、何かあれば遠慮なく言って下さいね」 オクタヴィネル寮の副寮長さん……。 私は途端に申し訳ない気持ちになって俯いた。 「ごめんなさい。とても失礼な態度をとってしまいました。決してオクタヴィネル寮が嫌だというわけではないんです」 「ええ、大丈夫ですよ。ちゃんと解っています。リドルさんを失望させてしまったのではないかと心配だったのでしょう?」 「どうして……」 「留学生については色々と調べてあります。大切な仲間になるかもしれない方達ですからね」 「仲間?」 「そうです。貴女も大切な仲間の一人ですよ、なまえさん。だから、放っておけなかった」 優しく、優しく、噛んで言い含めるように説明された私は、恥ずかしいけれど、同時にとても嬉しくなった。 こんなにも仲間想いの人がいる寮なのだから、きっとオクタヴィネルは素晴らしいところなのだと。 「あの、ジェイドさん」 「どうか、ジェイドと。僕達は同じ年ですから、敬語も必要ありません」 「えっ」 とても落ち着いた雰囲気の人だから、年上だとばかり思っていた。 「なまえ!」 その時、聞き慣れた声に私の名を呼ばれた。 振り返ると、まだ式典服のままのリドルが足早に歩いて来るところだった。 「リドル……!」 リドルは私の顔を見ると、眉根を寄せて私の腕を掴み、ぐいと引き寄せた。 そして、まるでジェイドから隠すように私を自分の身体の後ろに押しやった。 「泣いた痕がある。彼女に何をした?」 「泣かせたのは僕ではありませんよ」 ジェイドが意味ありげな視線をリドルに向けると、リドルは苦しげに顔を歪めて私を見た。 「泣かせたのは、ボクか……」 「ごめんなさい、リドル。ハーツラビュルに入れなくて」 リドルはじっと私の顔をみつめてから、はあ……と溜め息をついた。 「残念だけど仕方ないね」 「怒ってないの?」 「怒ってないよ。だから、泣かないでくれ」 「もう泣いてないわ。ジェイドが慰めてくれたから」 「……なんだって?」 リドルがジェイドを睨みつける。 しかし、睨まれたジェイドは物腰柔らかな態度と微笑みを崩さず、どこ吹く風といった様子だ。 「そういうわけですので、これから恋敵としてよろしくお願い致します、リドルさん」 「冗談じゃない。誰にも渡すものか。ボクは本気だ」 「僕もです。番として彼女を故郷に連れて帰りたいと思うぐらいに」 自分の身体を盾にして精一杯私を庇うリドルをよそに、その長身を優雅に屈めてジェイドは私の手を取った。 恭しい仕草で手の甲にキスをされて、ぼっと顔が赤くなる。 「貴女も覚悟しておいて下さい。これから本気で口説かせて頂きますので」 「えっ、えっ?」 「ああ、戸惑う顔も実に可愛らしい……つい困らせてしまいたくなりますね」 「ジェイド!」 声を荒げたリドルが私の手を引いてジェイドから引き離し、すたすたと歩いていく。 「フフフ……これは失礼しました。ですが、なまえさんが戻って来るのは、この僕のもとですからね。お忘れなきよう」 主人を見送る執事のようにジェイドが優雅に一礼する。 その姿に思わず見惚れてしまった。 「まったく……!よりによって、なんて面倒な相手に目をつけられたんだ、キミは!」 「ええっ、ご、ごめんなさい?」 憤慨したリドルによって、小一時間お説教をされる羽目になってしまったけれど、私は悪くないと思う。 ──たぶん。 |