「オーダー入ります!丸ごとトマトファルシーのバジルリゾット、二つお願いします!」 「了解。メダカちゃん、今の内に休憩入っちゃっていいよー」 「はい、フロイド先輩」 モストロ・ラウンジでアルバイトを始めて三ヶ月。 まだまだ見習いの域を出ないけれども、ミスの数は格段に減った。 先輩達に迷惑をかけることもなくなったので、ほっとしている。 最初の内こそびくびくしていたが、いまでは先輩達とも普通に話せるようになっていた。 「お疲れさまです、なまえさん」 「お疲れさまです。ジェイド先輩は休憩終わりですか?」 「ええ、いま終わったところです。まかない作ってありますよ。キノコのクリームパスタです」 「わあ、美味しそう!」 「それにしても、その服」 「はい?」 「良く似合っていますね。可愛いですよ」 「あ、ありがとうございます」 普段着ている制服は監督生さんと同じ男物だけど、ここではアズール先輩が見立ててくれたひらひらしたスカートのウェイトレス服を着ている。 ズボンも嫌いではないけれど、やはり堂々とスカートが穿ける場所があるのは嬉しい。 「さすがアズールだ。計算され尽くされた完璧な絶対領域が出来ている」 「ジェイド先輩のえっち!」 「もっとえっちなことをしているのに?」 このくらいで照れてしまうんですか?と笑われて、カッと顔が赤くなる。 そんな私を見て先輩は。 「あ、悪い顔」 「心外です。貴女の前ではこんなにも紳士でいるのに……しくしく」 「泣き真似してもダメですよ。まかないいただきますね」 しくしく泣き真似をする先輩の前でクリームパスタの皿を取り、フォークを握ると、ジェイド先輩は先ほどまでとは違う優しい顔で微笑んだ。 「強くなりましたね。貴女は実に興味深い」 「ジェイド先輩に鍛えられましたから」 「ふふ、僕好みに育ってきて何よりです」 ジェイド先輩が私を見る目が、完全に植物園で先輩が手塩にかけて育てているキノコを見つめる時のそれだった。 ということは私も最後には食べられてしまうのだろうか。 いや、性的な意味ではもう既に食べられてしまっているのだけれど。 「では、フロイドと交代してきます」 「はい、行ってらっしゃいませ」 「行ってきます」 その日のバイトは最後まで何事もなく終わった。 真剣な面持ちでレジ締め作業をするジェイド先輩カッコいい!と思いながら手早く店内の片付けを済ませ、日誌に申し送りを書いて息をつけば、もうおしまいだ。 「お待たせしました。では、行きましょうか」 お金を金庫にしまい、アズール先輩と少し話してから戻って来たジェイド先輩と一緒にオンボロ寮への帰路につく。 モストロ・ラウンジでの仕事の後は、必ずこうしてジェイド先輩に寮まで送ってもらうのが習慣となっていた。 「すみません。毎回送ってもらっちゃって」 「気にしないで下さい。僕が好きでやっているんですから」 どうやら、少しでも長く一緒にいたいと思っているのは私だけではないらしい。 鏡舎から出ると、外はもう真っ暗だった。 夜空にキラキラと星が瞬いている。 「星が綺麗ですね」 「そうですね。山に登ると、もっと良く見えますよ」 「ジェイド先輩の山愛には頭が下がります」 「おや、もしかして焼きもちですか?」 「ちが、違いますっ」 「白状してしまいなさい。貴女は嘘をつくのが得意ではないんですから」 「ジェイド先輩の意地悪!」 いつものことだが、今日もあっという間に寮に着いてしまった。 「あの……」 「少し寄って行っても構いませんか?」 「!はい!」 寮に入り、談話室に先輩を案内してソファに座ってもらう。 その間にお茶の用意をして、ジェイド先輩に紅茶のカップを差し出した。 「すぐ戻りますから!」 ジェイド先輩に買ってもらった上下セットのふわもこのルームウェアを着て戻ると、にっこり笑った先輩に手招かれた。 促されるままに先輩の長い脚の間に座れば、当たり前のようにお腹に腕を回される。 「ここに」 と、下腹部をゆるゆると優しい手つきで撫でられる。 「ここに僕を受け入れて、誰にも踏み荒らされたことのない場所を僕の形に広げられて。今更照れることなどないでしょう」 少し身を捩って先輩を見上げると優しいキスが唇に落とされた。 何度も何度も優しくついばまれて。 それだけで私は溶けたチョコレートのようにとろとろに蕩けてしまう。 「せんぱい……ジェイドせんぱい、すき」 「僕もですよ。愛しています」 「ほんとうに?」 「おや、僕の愛を疑われるなんて。仕方ありませんね。証明して差し上げましょう」 ジェイド先輩が私を抱き上げて向かったのは私の部屋だ。 勝手知ったるなんとやらで、苦もなく部屋に到着した先輩は、そっとベッドに私を横たえると、上着を脱いで覆い被さってきた。 「人魚はね、愛情深くて一途な生き物なんです。一度、番と決めた相手とは、何があろうと離れません。貴女も覚悟を決めて下さい」 「せんぱいがこわい……」 「大丈夫、怖くありませんよ。すぐに僕でなくてはダメな身体にしてあげますからね」 甘い声で囁いた先輩が私を抱き締める。 もう既に色々と手遅れな気がしてならなかった。 |