「おはよう」

優しい手つきで頭を撫でてくれながら蒼也くんが言った。
ぱちくりと目を瞬かせる私に、彼が抑揚の少ないいつもの口調に僅かに心配そうな色を滲ませて尋ねてくる。

「身体は大丈夫か?どこか痛むところは?」

「だ、大丈夫」

実のところ、口では言えない場所に異物感が残っていたが、そんなことを言えるはずがない。まだ、蒼也くんのが入っているみたいだなんて。
そこまで考えて、いま自分がどんな状態であるのかに気がついた。
蒼也くんも私も、殆ど裸同然のまま。
といっても、不快感は残っていない。
蒼也くんが昨夜、終わった後にお湯で絞ったタオルで身体を拭いてくれたからだ。
そして、そのまま……。

両手でバッと顔を覆い隠す。

「どうした」

「見ないで……!絶対いま酷い顔してるから……!」

「お前が寝ている間にもうじっくり見た」

「!!!」

「可愛かった」

「うそだあ……」

「嘘じゃない」

そっと手首を掴まれ、やんわりと顔から引き剥がされる。
蒼也くんは笑っていた。
珍しい笑顔に、思考が停止する。
見とれていると唇が重ねられた。
繰り返し、何度も何度も触れ合う唇。
宥めるような、あやすような、優しい口付けだった。

「今日は講義は午後からだったな。無理せず、ゆっくり休んでいろ」

「ん」

蒼也くんの逞しい胸に抱き寄せられる。
私よりも少し高い体温に包み込まれるのが
心地よくて、とろとろと意識が蕩けて眠ってしまいそうになった。
昨夜身体を繋げた時も幸せだと感じたけれど、こうしてただ身を寄せ合ってお互いの温もりを感じているのもとても幸せなことなのだと思った。

ふと、聞き覚えのある着信音が静かな部屋の中に鳴り響く。

蒼也くんが手を伸ばしてベッドサイドに置かれていた携帯電話を取った。

「俺だ。……わかった、すぐ行く」

すぐに通話を終えた蒼也くんがベッドから出て素早く衣服を身に付ける。
携帯電話をポケットにしまい、トリガーを片手に持った彼が私を振り返った。
厳しさすら感じられるその表情は、ボーダー本部所属A級部隊の隊長のそれだった。

「警戒区域の近くにトリオン兵が出たらしい。行って来る」

「うん、気を付けて」

「もっと甘やかしてやりたかったのに、すまない」

「大丈夫だよ。お仕事頑張ってね」

「ああ」

ちらりと笑みを見せた蒼也くんは、もう一度私の頭を撫でてから部屋を出て行った。
たぶん、既にトリオン体になって現場に向かったのだろう。

よく見れば、昨日脱がされた私の服がきちんと畳まれて椅子に置かれていた。
テーブルにはマグカップが二つ。もしかすると朝食の用意までしてくれようとしていたのかもしれない。
あの『風間蒼也』が。
それだけでも大切にされていることがわかるというものだ。

「充分、甘やかしてもらってるよ」

大好き。

心の中で呟いて、いまは危険と隣り合わせの状況にある蒼也くんの無事を祈った。


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