今日の本部はいつもより人の出入りが激しい気がする。珍しい面々も見かけるし。
行き逢うセンパイ方に一々声をかけられるので、挨拶しながら歩いているのだが、これでは目的の場所に辿り着くまでに気疲れしてしまいそうだ。

「なまえちゃん、こっち」

廊下の影で手招きしている迅くんを見つけて駆け寄る。

「どうしたの、迅くん。何か私に用事?」

「おれじゃなくて、なまえちゃんがね」

にこにこしながら言う迅くんに、どうしてわかったのだろうと考えかけて、彼にはこうなる未来がみえていたのだと気付いた。
未来視のサイドエフェクトって便利だなあ。

「はい、これ」

「ありがとう、なまえちゃん」

嬉しそうにチョコを受け取る迅くんに、何だか申し訳ない気分になる。

「本命チョコだよね?」

「迅くんにはいつもお世話になっているからね。そのお礼」

「本命チョコだよね?」

「残念。義理チョコです」

えー、と拗ねた顔をする迅くんもカッコいいけれど、それで絆されるわけにもいかない。

「迅くんモテるんだから沢山貰ってるでしょ」

「なまえちゃんからのチョコが一番嬉しいよ」

そんな台詞をさらりと言えてしまうところが色男だなあと思う。
これでセクハラさえしなければね……。

「じゃあ、またね」

「ちょっと待った」

急に真面目な顔になった迅くんに引き止められる。

「そっちには行かないほうがいい。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

「えっ、でも」

「頼むよ。おれのためでもあるけど、なまえちゃんのためでもあるんだから」

そこまで言われたら引き下がるしかない。
諦めて方向転換しようとした私の前に、曲がり角の向こうから風間さんが現れた。

「風間さん、こんにちは」

「苗字か。どうした、こんなところで」

「ちょっとわけありで。でも、風間さんに会えてちょうど良かったです。渡したいものがあったので」

私はポシェットからチョコを取り出して風間さんに差し出した。

「良かったら、召し上がって下さい」

「これは本命チョコか?」

……いま、風間さんの口から思いもよらない言葉を聞いた気がする。

「えっ、えっと」

「違うのか?」

心なしか残念そうな響きを帯びた声に思わず首を振ってしまいそうになった時だった。

「ちょっと待った」

本日二度目のちょっと待ったコールがかかったのは。

「おれのほうが風間さんより先になまえちゃんからチョコ貰ってますからね」

「義理だろう」

風間さんはどこまでもクールだ。
それよりも、私には確かめたいことがあった。

「迅くん、どんな未来が視えてたの?」

迅くんは一瞬言いよどんでから、渋々といった風に口を開いた。

「なまえちゃんを巡っておれと風間さんが争う、泥沼の愛憎劇」


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