思えば、三途春千夜の幼馴染みに生まれた時点で私の人生がどうなるかは既に決定していたのかもしれない。

それでも、大学まではまだ良かった。
高校を卒業して、無難な大学生活を送ることが出来ただけまだましだったと言えるだろう。
合コンやサークルのコンパに参加しようとすると、必ず春千夜に邪魔されたけど。
講義が一緒の男の子と仲良くなりそうになると決まって春千夜が現れて脅すものだから、怯えきった男の子が二度と話しかけてくれなくなるという出来事が多々あったけど、それもまあいい。
問題は、大学を卒業して内定が決まっていた企業に入社するはずが、いつの間にか裏で手を回されていて、春千夜が幹部をやっている梵天という組織で事務員として働く羽目になったことだ。

これで私も反社の仲間入りかと遠い目になったが、春千夜には逆らえない。
この幼馴染みときたら、お人形さんみたいな綺麗な顔をしているくせに、中身は絵に描いたようなドス黒い悪で、キレッキレのやべーやつだからだ。
逆らうなんてとんでもない。

「お前、灰谷兄に気に入られてるんだってなぁ?」

その春千夜が、仕事中にまた厄介な絡み方をしてきたので、ひとまずキーボードを打つ手を止める。
相変わらず綺麗な顔だが、そのピンク色の髪はどうなの。マイキーくんリスペクトならピンクゴールドにすべきじゃない?
ちなみに髪型は十年前のほうが好みだった。
前髪をサイドに流したサラサラの長い金髪で、傷痕のある口元を黒いマスクで隠していたため、抗争相手に時々レディースと間違えられてその度に私にキレ散らかしていた。まったくいい迷惑である。

「蘭さんのこと?あれは気に入られてるんじゃなくて、ちょっかい出して面白がってるだけだよ」

初めて春千夜から紹介された時の、面白そうなおもちゃを見つけたと言わんばかりの顔といったら、もう。
なんなら、鼠を見つけた猫の目だったと言ってもいい。とにかく、あれは「お気に入りの女の子」を見る目ではなかった。

「お前さぁ」

デスクに座って私を見下ろしながら春千代が言った。

「優しいけど浮気しまくりな女好きと、優しくねぇけどぜってぇ浮気しないやつ、どっちがいい?」

「え、どっちも嫌なんだけど」

「ああ?」

「いや、普通はそうでしょ。優しくて浮気しないのは最低条件だよ」

ごく一般的な意見を述べただけで凄まれても困る。
何が気に入らなかったのか、舌打ちした春千夜はデスクから腰を上げるとそのままどこかに行ってしまった。
長い付き合いになるけど、春千夜が何を考えているのかさっぱりわからない。
考えても無駄と判断した私は仕事を再開した。

「相変わらず真面目ちゃんだなぁ」

一難去ってまた一難。今度は蘭さんが絡みに来た。反社の幹部って暇なの?

「お前からかってると楽しいから」

私の顔に疑問が浮かんでいたのか、蘭さんが本当に愉しそうに言った。

「オレも暇じゃねぇんだよ。だから、さっさと落ちな」

「いや、もうほんと何を言ってるかわからないです」

「とぼけんなよ、なぁ、なまえちゃん」

蘭さんがぐっと顔を寄せてきたので、私はサッと顔を背けて両手で彼の身体を押しやろうとした。が、びくともしない。

「おい、テメェ、犯されてぇのか」

突然春千夜のドスのきいた声が聞こえたかと思ったら、首根っこを掴まれて蘭さんから引き離された。
何だか知らないけどめちゃくちゃキレている。

「優しいけど浮気しまくりな女好きと、優しくねぇけどぜってぇ浮気しないやつ、どっちも嫌だっつったじゃねぇか。なんで蘭とイチャついてやがんだよ!」

「あー、察したわ」

蘭さんが納得したといった風な顔になったが、私は納得するどころか理不尽な怒りを向けられて困惑しかない。
見れば、春千夜の手には有名なカフェのチェーン店の紙袋が握られていた。

「もしかして、これ差し入れ?」

「チッ……自惚れんなクソが」

「ごめん、ありがとう、春千夜」

「苦労してんなぁ、三途」

「いいから、テメェはどっか行きやがれ」

やれやれと肩を竦めた蘭さんが立ち去っても、春千夜は私を掴んだまま蘭さんから目を離さなかった。
その姿が完全に見えなくなって、ようやく春千夜が私を見る。
顎を掴まれて上向かされ、ボリュームのある長い睫毛に縁取られた双眸が至近距離から睨み付けてくる。

「今度浮気しやがったら気絶するまでキメセクすっからな」

「え、それは嫌だ。というか、浮気ってなに?」

「マジで犯すぞ、テメェ」


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