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「明けましておめでとうございます」

下座に座したなまえは最敬礼で新年の挨拶を述べた。

「旧年中は公私にわたり大変お世話になりました。今年はご期待に応えるべくさらに精進してまいる所存でおります。年頭に当たり本年も変わらぬご指導ご鞭撻をお願い致しますとともに、ご家族皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます」

「相変わらず地味にお堅いやつだな」

対する宇髄は寛いだ様子でそれに笑って応え、片手を挙げた。さらりと襖が開けられ、「失礼致します」と彼の妻が一人入って来る。
確か雛鶴という方だ、と思い出しながら会釈をしたなまえの前に、豪華な膳と盃が置かれた。

「あの、宇髄様……?」

「そうビクビクするな。取って食いやしねぇよ」

宇髄の前にも同じものが置かれている。

「一度お前さんとサシで飲んでみたかっただけだ」

雛鶴が盃にとくとくとくとお酒を注いでくれた。

「ほら、楽しめ楽しめ」

「ありがとうございます。頂きます」

断っては失礼にあたると思ったなまえは意を決して盃に口をつけた。
しかし、それが間違いだった。



「天元様」

「おう。悪いが布団敷いてやってくれ」

宇髄が雛鶴に指示を出す。
座布団の上でふにゃふにゃになっているなまえを見かねてのことだった。
あっという間に酔い潰れてしまったのだ。

「まさか、これほど弱いとはなァ」

「なあ、煉獄」と呼びかける。
一陣の風が吹いたと思った次の瞬間には、なまえの傍らに彼女の師範である煉獄杏寿郎その人が佇んでいた。

「勝手に上がってしまって申し訳ない!だが、女性を酔い潰すのは感心しないな、宇髄」

「ああ、悪かった。連れて帰るか?」

「無論。そのつもりで来た」

煉獄はなまえの傍らに屈み込むと、彼女の身体をそっと抱き上げた。
意識がはっきりしている時ならば大慌てしただろうが、完全に酔い潰れているなまえはそうされてもくったりとしたまま動かない。

「すまないな、宇髄。これで失礼する」

訪れた時と同様に、ドン!と音を立てて煉獄の姿が消えた後には、渦巻く風と炎だけが残されていた。

「相変わらず派手なやつだぜ」



「なまえ」

優しい声音で呼びかけられて、なまえはうっすらと目を開いた。
ぼやけた視界の中で、よく見知った顔が像を結ぶ。

「しはん」

舌足らずな子供のような声で答えたなまえに、煉獄はふっと相好を崩した。

「水だ。飲めるか?」

「はい」

頷いたものの、湯飲みを受け取ろうとする手はおぼつかない。
煉獄は笑みを深めると、自ら湯飲みに口をつけ、一度自分で水を含んでからなまえに口移しでそれを与えた。

「ん……」

甘えるような声を漏らすなまえに理性を揺さぶられながらも厳しく己を律し、何度かその行為を繰り返す。
そうして水を全て飲ませ終えると、彼女の口端から伝い落ちた雫を親指の腹で拭ってやった。

「これは夢だ」

なまえを布団に寝かせながら煉獄は優しく語りかけた。

「全て忘れて、安心して眠るといい」

幼子のようになまえが素直にこくりと頷いて目を閉じたのを見て、微笑む。

おやすみ、いとしい子

共に歩むのは修羅の道だが、いまだけはどうか安らかな眠りの中に。
そして、明日からはまた共に戦おう。
いつの日にか鬼のいない穏やかな日々が訪れることを信じて。


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