1/1 
※生存if


鱗滝のところに来てから、義勇と錆兎とはずっと一緒に過ごしてきた。
共に育ち、鍛練を積み重ねてきた仲だ。
藤襲山で行われる最終選別に参加した時も三人一緒だった。
途中で義勇とはぐれてしまうまでは。

「なまえ、義勇を頼む」

やっと合流出来たと思ったら、怪我をした義勇をなまえに預けて、錆兎は誰かが助けを求める声が聞こえたほうへ行ってしまった。

「俺は大丈夫だ。錆兎を追ってくれ」

怪我をした場所を布で押さえたなまえに義勇が言った。
その瞳の中に同じ危惧が浮かんでいるのを見て、なまえが頷く。

「待ってて、義勇。必ず錆兎を連れて戻って来るから!」

そう告げると、なまえは錆兎が向かった方角へと駆け出していた。

この山にいた鬼は殆ど錆兎が一人で倒してしまった。
そのおびただしい数の鬼達を屠ってきた代償に、錆兎の刀はきっと激しく磨耗しているはずだ。
そんな状態で、もし強い鬼に遭遇したら──。
そうした不安を胸に、山道を駆ける。


「錆兎!」

錆兎は程なくして見つかった。
最悪の状況で。

「お前も鱗滝の弟子か」

錆兎の頭を掴み上げている鬼が、舌舐りするような口調で言った。
錆兎の手には、折れてしまった刀が握られている。
この状況でも彼は諦めていなかった。
頭を潰されかけながらも尚、強い眼差しで鬼を睨み付けている。
そんな錆兎を嘲笑うかのように鬼が手に力をこめた。
ミシミシと不穏な音が響き、錆兎が呻く。

「待っていろ。今、こいつを始末したら、次はお前の番だ」

「そんなことはさせない!」


水の呼吸 弐ノ型 水車


耳を覆いたくなるような叫びとともに、錆兎を掴んでいた手が斬り落とされる。
しかし、すぐに切断面から別の腕が生えてきた。
今まで斬ってきた鬼に比べて段違いに再生が早い。
この鬼の頸は自分では斬れない。
そう判断したなまえの行動は早かった。

「錆兎!」

なまえはたった今鬼の腕を斬り落とした刀を錆兎に向かって投げた。
過たずそれを受け取った錆兎が気合い一閃鬼の頸を斬り落とす。
たちまち鬼は脆くも崩れ去っていった。

「大丈夫?」

「ああ……お陰で助かった」

危うく頭を握り潰されるところだったと縁起でもないことを言いながら、錆兎が苦笑する。

「行こう。義勇が待ってる」

こうして無事七日間を生き延びたなまえ達は、晴れて鬼殺隊の隊士となったのだった。


あれから数年。
義勇は水柱となり、錆兎はその補佐役となっていた。

義勇は錆兎が水柱になるものだとばかり思っていたのだが、その錆兎が自ら辞退を申し出たのだ。
なまえがいなければ、自分はあの時死んでいたはずだからと言って、頑として譲らなかったのである。

なまえ達にとって妹弟子である真菰とともに、彼らは三人で任務にあたることが多い。
なまえを除いた三人で。

御館様の采配なら仕方がないとは思うのだけれど、やはり寂しい気持ちは拭い去れなくて。
三人の活躍を耳にするたびに、どうしてその中に自分はいないのだろうとなまえは考えてしまう。

特に錆兎には避けられている気がする。
女に助けられたという事実が「男らしさ」にこだわる錆兎の矜持を傷つけてしまったのかもしれない。
あの時自分がしたことは間違いだったのだろうか。


「浮かない顔をしているな」

隣から声をかけられてどきりとする。

「煉獄さん……」

「悩み事か?俺で良ければ相談に乗ろう!」

炎柱、煉獄杏寿郎。
近頃は彼の補佐として任務に同行することが増えていた。
同期が柱になったからと焦っていたなまえを宥め、彼は任務の中で様々なことを学ばせてくれた。
尊敬すべき人物である。
その陽光のような明るさとおおらかさ、包容力に救われることも多かった。

「いえ、何でもありません。ただ、少し疲れてしまっていたみたいです。すみません」

「そうか。藤の花の家紋の家はすぐそこだ。もう少し頑張ってくれ」

「はい、大丈夫です」

「無理なら背負って行くが」

「だ、大丈夫です!歩けます!」

「その調子なら問題ないな」

朗らかに笑う煉獄に対し、なまえは少し後ろめたい気持ちになった。
嘘をついてしまったことが心苦しい。
だが、柱として過酷な任務をこなす彼に、こんな甘ったれた悩みなど話せるはずがない。

「この角を曲がった所だ」

煉獄の言った通り、角を曲がるとすぐに藤の花の家紋が目に入った。
それと同時に、よく見知った姿も二つ。
思わず煉獄の陰に隠れようとしたが、それより早く向こうはなまえを見つけてしまっていた。

「なまえ……」

偶然にしては出来すぎている。
藤の花の家紋の家の門前で出くわしたのは、久しぶりに会う錆兎と義勇だった。

「水柱と補佐殿か!久しいな!」

「炎柱。貴方もここへ?」

「ああ。任務でこの近くまで来ていた」

錆兎と煉獄が言葉を交わす間、なまえは彼らと目を合わせられずにいた。
義勇と錆兎の視線を感じる。
しかし、彼らが言葉を続ける前に門戸が開き、藤の花の家紋の家の主人が出てきて、深々と頭を下げた。

「鬼狩り様でございますね。どうぞ中へ」

「うむ、世話になる!」

真っ先に足を踏み出した煉獄に遅れまいと、なまえも急いで彼の後に続いた。
その後ろから錆兎と義勇もついてくる。

錆兎と義勇は一緒で構わないということで、同じ部屋に。
煉獄となまえは別々の部屋に通された。

ほっとしたのも束の間、せっかくだから、皆で食事をしようと煉獄が提案したため、なまえ達は同じ部屋で食事をすることになってしまった。

「うまい!うまいな、なまえ!」

「そうですね、美味しいです」

正直なところ、義勇達の視線を痛いくらい感じていたなまえは味がわかるような状態ではなかったのだが、黙っているわけにもいかず、煉獄に相槌を打つ。

「あまり箸が進んでいないな」

しかし、あっさり見抜かれてしまった。

「食べなければ強くなれないぞ」

そう言って、さつまいもの天ぷらを差し出してくるものだから、なまえは仕方なくそれをちょうだいした。

「そう、いい子だ」

煉獄に頭を撫でられる。
その途端、錆兎達から殺気が飛んできたため、またしてもなまえは困惑してしまった。
いったい、何だというのだろう?
彼らが考えていることが全くわからない。

このギスギスした空気の中で、煉獄だけがまるで気にした様子もなく食事をたいらげ、明るく錆兎達に話しかけていた。
心臓の強い人だ。

そうして、ようやく食事が終わり、順番に湯を使わせてもらうことになった。

自ら希望して最後にしてもらったなまえは、温かい湯に浸かりやっと一心地ついた思いで、自分に与えられた部屋に向かって廊下を歩いていた。
と、物陰から伸びてきた手に腕を引かれて、近くの部屋の中に引き込まれてしまった。

「なまえ」

義勇だった。
何だかやけに思い詰めたような顔をしている。

「あの男と恋仲なのか」

「えっ」

「煉獄だ。もうあの男のものになったのかと聞いている」

「何を言っているの、義勇。そんなわけないでしょう」

「やはりそうか」

「……錆兎」

いつの間にか錆兎が後ろに立っていた。
前門の鬼、後門のなんとやら、ではないけれど、長身の二人に挟まれて動けない。

「あれは牽制だったのだろう。俺達への、な」

「牽制?」

「俺達は約束したんだ」

「鬼どもを殲滅するまで、お前には手を出さない。抜け駆けはしないと」

「だが、他の男がお前を狙っているとなれば話は別だ」

「お前は誰にも渡さない。絶対に」

「な、何を……」

錆兎と義勇の手がなまえの寝間着にかかった、その時だった。

「そこまでだ、二人とも」

障子がさっと開き、煉獄が現れたのは。

「なまえ。こっちにおいで」

優しい声で促され、なまえは慌てて彼のもとに駆け寄った。
側へ身を寄せると、あたたかく力強い腕に肩を抱き寄せられた。

錆兎と義勇、煉獄の視線がぶつかりあい、火花を散らす。

「よもやよもやだな。まさか、二人がかりで婦女子に無体を働こうとは」

「人聞きの悪いことを」

余裕の笑みでかわす錆兎の横で、義勇が心外!と言わんばかりの顔をしている。

「男として、そんな恥ずべきことをするはずがない。男ならば」

「そうか!勘違いであったなら謝ろう!」

肩を抱く煉獄の手がやんわりとなまえの肩を撫でる。

「なまえ」

「はい」

「正式に申し込もう。俺と夫婦めおとになってくれ!」

「ええっ」

「俺は君のことを好いている。初めて会った時からずっとだ。だから、側において俺に気持ちが向くのを待っていた」

困惑をあらわにしたなまえの両肩を掴み、真っ正面から煉獄が想いを伝えてくる。
炎を映したような瞳からは、真摯な想いしか感じとれない。

「それは俺も同じ。そもそもなまえに惚れたのは俺が先だ」

煉獄に続いて錆兎までもがそんなことを言い出したので、なまえは義勇に助けを求めた。

「ぎ、義勇……」

「好きだ。なまえ」

義勇が熱を孕んだ眼差しを向けて言った。

「初めて会った時からずっと好きだった。例え錆兎であってもお前を渡したくない」

「ふ、ふえぇ……!」

この場に自分の味方は一人もいないのだと悟ったなまえは煉獄の腕から抜け出して逃げ出した。

「ははは!逃げられてしまったか!」

「今だけだ。明日からは誰が何と言おうと逃がしはしない」

「無論。絶対に逃がすものか」

三人が三人とも本気になってしまったことも知らず、なまえは一人、自分の部屋で頭から布団を被って震えていた。


  戻る  
1/1
- ナノ -