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ヘッドライトの灯りで闇を切り裂くようにして、まだ暗いシーサイドラインを車は走っていく。

「寒くはないか?」

「はい、大丈夫です」

暖房も効いているし、しっかり着込んで来たので少し暑いくらいだ。
運転席に座る煉獄はとっくに上着を脱いで黒いセーターでハンドルを握っていた。
その横顔をこっそり盗み見る。

──私の彼氏がこんなにもカッコいい

密かに惚れ直していると、「ん?どうかしたか?」と煉獄が不思議そうな顔をした。
視線で見られていることに気付いたらしい。
何でもないですと誤魔化して、なまえは窓の外へと目を向けた。
真っ黒な海がどこまでも続いている。

「宇髄に教えて貰ったポイントはもうすぐだ」

煉獄が言った。
その言葉通り、すぐに車はスピードを落とし、道路脇にあるコンクリートで出来た展望スペースへと滑り込んで止まった。
海が目の前だ。

「着いたぞ!」

シートベルトを外して外に出ると、上着を着ながら煉獄も車を降りて来た。
外は先ほどより明るくなっている。
夜明けが近い。

黒いインナーに白いコートの組み合わせは、かつて鬼殺隊の隊士だった頃の彼を思い起こさせて、懐かしいような切ないような気持ちになったなまえは、煉獄の逞しい身体に腕を回してぎゅっと抱きついた。

「どうした?寒いのか?」

煉獄がすぐに抱き締め返してくれるのが嬉しい。
過去の自分達は、こんな甘やかな触れあいが許される環境ではなかったから。
炎柱とその継子として、鍛練に明け暮れ、鬼との戦いに命を賭す日々だった。
互いに相手を想いながらも、結ばれることのないまま死に別れた。
煉獄を喪った時の、あの身を斬られるような痛みと悲しみは未だなまえの胸の奥に深く突き刺さったままだ。

「もうどこにも行かないで下さいね」

「ああ、二度と君を置いて逝ったりはしない」

なまえを抱き締める煉獄の腕に力がこもる。
ちょっと苦しいけれど幸せだった。

「なまえ、夜明けだ!」

煉獄が海原の向こうを指差す。
海の果てからゆっくりと太陽がのぼっていくところが見えた。

「綺麗ですね」

「ああ、美しいな」

曙光に照らされながらお互いの顔を見つめて笑い合う。

「明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとう。今年もよろしく頼む」

煉獄の背後にうっすらと富士山が見えた。
二人の上空を鷹が飛んでいく。

新しい年が始まろうとしていた。


「なまえ」

呼ばれて、ハッと目が覚めた。
身を起こした拍子に、身体に掛けられていた煉獄の白い羽織が滑り落ちそうになったため、なまえはいまの自分の状況を理解することが出来た。

昨夜遅くまで二人で鬼を狩りに行っていたこと。
早朝にこの藤の花の家紋の家にたどり着き、鴉に報告させるからと一人外に出て行った煉獄を、縁側で待つ内に眠ってしまっていたらしいこと。
それらを思い出して、なまえは恥じ入りながら煉獄に頭を下げた。
穴があったら入りたい。

「すみません!師範のお帰りを待つ間にうたた寝をしていたみたいです!」

謝るなまえに、煉獄は朗らかに笑って、構わないと告げた。

「疲れていたのだろう。起こしてすまない。だが、そろそろ朝飯を運んでも良いかと聞かれてな。かわいそうだと思ったが、起こしてしまった」

「朝ご飯、ですか?」

「うむ!腹が減っては戦は出来ぬからな!」

腹ごしらえは大事だと煉獄が笑う。

彼は炎を映したような丸い瞳をなまえに向けた。

「穏やかな寝顔だったが、どんな夢を見ていたんだ?」

「そ、それは……」

寝顔を観察されていたと知って、恥ずかしくて泣きそうになりながら、なまえは先ほど見ていた夢の内容を思い出そうとした。

「申し訳ありません、忘れてしまいました。でも、富士山と鷹が出てきたような……」

「それは目出度いな!今朝の食事は焼き茄子だそうだ。全て揃って、実に目出度い!」

言われて気付く。
いまのが初夢だったことに。

「では、部屋に戻ろう。家の者が食事を運んできてくれる」

「はい、師範」

煉獄に借りていた羽織を手渡す。
炎をかたどった模様入りのそれを、煉獄は大きく翻して己の肩に羽織った。

──ああ、やはり。
隊服の黒と羽織の白が、あなたには良く似合う。

初日の出を拝むような気持ちで師の広い背中を見つめながら、なまえは彼のあとに続いて歩き出した。


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