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五十体目の鬼を倒したのは、厚い雲に覆われて月明りの届かない闇夜のことだった。

その鬼は、明らかにいままで倒してきた鬼とは違っていた。格段に強さが違う。
恐らくは下弦の鬼に限りなく近い力を持つ鬼だったのだろう。
硬くて頸を斬るのに苦労した。

別行動をとっていた煉獄が駆けつけた時、ようやく斬り落とした頸が塵となって消えていくところだったのだが、煉獄には一人で無茶をしたことを叱られ、それから、よくやった、よく頑張ったと褒めちぎられた。

「階級も甲。空きさえあれば柱になっていただろう。本当にいままでよく頑張ってきたな!」

「ありがとうございます。師範のお陰です」

「君の実力だ。だが、君のような継子を持って実に誇らしい!次の柱合会議で他の柱達に自慢しよう!」

「そ、それは恥ずかしいので勘弁して下さい」

「それぐらい凄いことをやってのけたのだ。俺は君を誇りに思っている」

「師範……」

しみじみとした口調で言われて、思わずうるっとしてしまった。

「そんなに優しくされたら涙が止まらなくなってしまいます」

「よしよし。好きなだけ泣くといい。俺の胸を貸そう!」

ちなみに、これらは夜が明けてから、峠の茶屋でのやり取りである。
何しろ鬼が根城にしていたのが山奥だったため、藤の花の家紋の家までは遠く、一先ずここで一服しようとなったのだ。

なまえはお茶だけで、と言ったのだが、煉獄がそうはいかないと山ほど団子を頼んだので、仕方なく一串食べたところ、あまりの美味しさに頬が落ちそうになった。
疲れている時には甘いものが良いというのは本当だったようだ。

確かに疲れてはいたが、心地よい疲労だった。何より、達成感のほうが大きい。

茶屋の老夫婦は鬼のことを知っていて、なまえが斬ったとわかると、なまえを拝み倒さんばかりに感謝してくれた。
彼らもまた娘を鬼に食われた被害者だったのだ。
もっと早く来ていれば、となまえは悔やんだが、過去を振り返って後悔しても仕方がない、それにこれ以上もう犠牲が出ることはないのだからと煉獄に優しく諭された。
彼も悔しくないはずがないのに。
柱である煉獄は、きっとこれまでそういう場面に幾度も直面してきたに違いない。
その度に彼の炎は激しさを増していったのだろう。
もう一人の命も己の手の平から溢さぬようにと。

煉獄杏寿郎は誰よりも強く優しい男だとなまえは思っているし、そんな彼を心から敬愛している。

いまも、朝日で輝く黄金と赤を眩しく見つめていた。

「おいで」

その彼に優しく促されて、おずおずと逞しい身体に抱きつく。

「よしよし、いい子だ」

隆々とした胸板に顔を埋め、彼の香りに包まれながら、そっと涙を流す。

ここに至るまでの道のりは本当に厳しくつらいものだった。
それでも立ち止まらずに歩んで来られたのは、鬼に対する怒りと、何よりも煉獄の存在があったからに他ならない。

でも、ちょっぴり悲しい。
彼にとっては自分はやはりまだ子供に過ぎないのだ。

厳しく躾られてきた名家の長男である煉獄は、みだりに女性と触れ合ったりはしない。
こうして容易く懐に入れられてしまう自分はまだ女性として意識されていないのだろう。

「そうだ、祝いの品が必要だな。何が欲しいか言ってみなさい」

「そんな……師範のお言葉だけで充分です」

「そうはいかない。君の努力が実を結んだ証を、どうか俺に贈らせてほしい」

「それなら、師範にお任せします」

「そうか!では、帰ったらすぐに準備しよう!楽しみにしていてくれ」

朗らかに笑う煉獄を見て、なまえは密かに頬を染めていた。

兄貴肌で格好良いのに、笑顔は可愛いなんて反則だ。

その煉獄から、後日、白無垢が贈られてきた上に嫁入り道具まで揃えられてしまい、さては鬼の血鬼術にかかってしまったかと混乱することになるのだが、いまはまだ、どちらもお互いの想いを知らずにいた。


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