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この世で一番残酷な朝日の美しさを覚えている。

夜明けの最初の曙光が差した時には確かにまだ息があったのに。
それが、完全に夜が明けきった頃にはもう既にその人は息絶えてしまっていた。
己の責務を全うしたためか、満足そうな穏やかな表情で。

最期を看取ることが出来ただけでも幸せだったのかもしれない。
けれども、手の平から砂が零れ落ちていくように、徐々に命が消えゆくさまを見届けるのはあまりにもつらい出来事だった。

生まれ変わって新しい人生を歩んでいる今でも、早朝に目が覚めるとその時のことを思い出して泣きそうになってしまう。
そうして、そんな時にはいつも、太く逞しい腕に懐深く抱き寄せられて、大丈夫だと優しい声に宥められるのだ。

「大丈夫だ。俺はここにいる」



杏寿郎さんと一緒に暮らしはじめてもうすぐ二ヶ月になる。

卒業式が終わった直後にプロポーズされて、その足で両家への挨拶を済ませた後、杏寿郎さんのたってのお願いで同棲することになったのだった。
以来、大学とキメツ学園の中間地点にあるマンションで、二人きりの生活を堪能している。
毎日がキラキラ輝いているように感じられる日々だが、その中でも今日は特別だった。

「もう君を置いて何処にも行かない。君の傍にいる。だから、泣かないでくれ」

今日一日は杏寿郎さんを甘えさせてあげようと思っていたのに、私のほうが甘やかされてしまっている。
それが恥ずかしくて、少し拗ねたような口調になってしまった。

「泣いてません」

「だが、泣きそうだっただろう」

「泣いてません」

「そうだな、君の言う通りだ。よしよし」

よしよしと撫でられて優しくあやされる。
この人は本当に懐が深くて面倒見の良い、根っからの長男気質の持ち主なのだった。
そして、男としても人としても器の大きい、頼り甲斐のある人なのだ。
そんな杏寿郎さんを心の底から愛している。
彼と比べたら私はただの駄々っ子に過ぎない。

「今日はお誕生日だから私が杏寿郎さんを甘やかしてあげようと思っていたのに」

「そうだったのか!よもやよもやだ。本当に可愛いな、君は!」

「もう、杏寿郎さん!」

「愛いなあ。拗ねている君も実に可愛らしい」

朗らかに笑って、愛おしげに私を見つめてくるから、照れくさくてついそっぽを向いてしまった。
すると、無防備にさらされた首筋にキスを落とされる。頬にも。

「こちらを向いてくれないか」

そんな風にお願いされたら、そうするよりほかない。
そっと杏寿郎さんに向き直ると、彼もまた真っ直ぐに私を見つめていた。

「君を愛している」

あの夜明けに見たのと同じ、穏やかな微笑みを浮かべて。

「君だけを、心から。これから先、何があろうとも、俺は君を離さない」

「杏寿郎さん……」

「来年も、再来年も、ずっと一緒に誕生日を祝ってくれると約束してくれるのならば、俺にとってはそれが何よりの贈り物となるのだが、どうだろう?」

「約束します。ずっと一緒にいます」

むしろ私からお願いしたいくらいだった。

「今日は、まず起きたら一緒に朝ごはんを食べて、プレゼントを渡して、杏寿郎さんが見たがっていた映画を一緒に観て、ソファでイチャイチャしてから一緒にお昼ごはんを食べて、またベッドに戻ってのんびり過ごすんです。ずっと一緒に」

「それは実に魅力的な提案だな!」

杏寿郎さんが私の鼻先に自分の鼻先をくっつけて幸せそうに笑う。

「だが」と、その目が至近距離から真っ直ぐ私を射抜く。
お腹をすかせて目をギラつかせた獅子がそこにいた。

「だが、その前に君を食べてしまいたい」

良いだろうか、と尋ねてくるのは質問ではなく確認で。
その片手は既にゆるゆると私の腰の辺りを彷徨い撫でていて、昨夜自分が与えたはずの快感を呼び起こそうとしていた。


「大好物を目の前にして、待てはないだろう?なまえ」


ダメだ。この人には敵わない。


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