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誰かに触れられた気がして、急激に意識が浮上する。

「……杏寿郎さん?」

「すまない。起こしてしまったな」

畳の上に敷いた布団の傍らに腰を下ろした杏寿郎さんが、優しく私の髪を撫でてくれていた。
任務から帰還したばかりのようで、まだ隊服のままだ。
月明かりに照らされて羽織の裾模様の炎が静かに燃えている。

「大丈夫です。お帰りなさい」

「ああ、ただいま」

杏寿郎さんは穏やかに笑って、飽きもせず私の髪を撫でている。
その様子に少し不安になり、私は身体を起こそうとした。
けれども、杏寿郎さんに優しく制されてしまう。

「そのまま寝ているといい。俺もまた直ぐに発たねばならない」

立て続けに任務が入ったのだろうか。
多忙な柱ゆえに良くあることとはいえ、さすがに杏寿郎さんのお身体が心配になった。

「無理はなさらないで下さいね。あなたの代わりになる方はいないのですから」

「俺よりも君のほうが心配だ。毎日泣き暮らしているのではないか。ちゃんと食事はとっているか」

「私は大丈夫です」

「父上や千寿郎はどうだ?」

「お二人ともお元気です。良くして頂いています」

「そうか、それを聞いて安心した」

杏寿郎さんがぽんぽんと私の頭を優しく叩く。
そうして、身を乗り出すようにして私の顔を覗き込んでくる。
炎のような色合いをした、くりくりとした目が私をじっと見下ろしてくる。

「愛いなあ」

杏寿郎さんはしみじみとした口調で言って笑った。

「君を愛して、君に愛されて、俺は本当に幸せ者だ」

「杏寿郎さん?」

「どうか、いつまでも健やかに暮らしてくれ」

杏寿郎さんは私ににっこりと無邪気な笑顔を見せると、開かれたままの障子の向こうに広がる夜空へと目を向けた。

「良い月夜だ。君と見たこの月を俺は忘れない。ずっと心に留めたまま、発つとしよう」


は、と目が覚める。

「杏寿郎さん?」

いるはずがない人の姿を探してしまう。
いまのは、夢だ。幸せな夢。

掛け布団の上には、杏寿郎さんが最期の時まで使っていた羽織が広げて掛けられている。
形見分けで譲って頂いた品だ。
まだ血の染みの残るそれが、あの人の夢を見せてくれたのかもしれない。

夢の中で杏寿郎さんが座っていた場所に手で触れる。
当たり前だが、そこには彼のぬくもりは残っていなかった。
夢とは違い、蚊帳に囲まれているため、蚊帳越しの月は明瞭には見えない。

それでも、私は静かに微笑んで月を見上げた。


「約束通り、私のもとへ帰って来て下さったのですね。杏寿郎さん」


夢だとしても、もう一度逢えて嬉しかったです

お帰りなさい、あなた


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