私の幼なじみは、スポーツも勉強もできて友達も多い、少女漫画の王子様のような人だ。

でも、神様は彼に試練を与えた。
病魔という形で。

精市くんは最悪のタイミングで大好きなテニスを奪われたのだ。

「苗字」

廊下の陰からこっそり様子を伺っていたら真田くんに見つかってしまった。

「お前も幸村の見舞いに来たのか」

「ううん、精市くんには私が来た事は言わないで」

「何故だ。お前が見舞えば幸村も喜ぶだろう」

「大変な時に余計な事で悩ませたくないの」

「む……」

真田くんは「分かった」と言って、私の腕を掴んだ。
そのまま病室の中にぽいと放り込まれる。

「ちょ、真田くんっ!」

「うるさいぞ。病院では静かにせんか」

「ふふ、賑やかだね」

もしかすると、眠っていて気づかないまま帰れるのではないかと希望を持っていたのだ。
バレないわけはないと思っていたけれど、やはり精市くんは起きていて、楽しそうに私と真田くんを見ていた。

「精市くん、これ」

ここまで来たら仕方がないと諦め、お見舞いの品を精市くんの膝の上に置く。
植物図鑑と、花の種を。

「退院したら撒いてね」

「ありがとう、なまえ」

ふと横を見ると、サイドテーブルの上に鉢植えが置かれていた。

「えっ、これって…」

「赤也が持って来てくれたんだ」

「切原くんが…」

「さすがに親はいい顔をしなかったけどね。俺としては嬉しいよ」

「そっか…」

悩みに悩んだ事が馬鹿らしくて、何だか気が抜けてしまった。

いつもこうだ。
自分では一生懸命考え抜いたつもりでも、結果はいつも空回り。

いま彼のために自分は何が出来るのか。
それさえわからずに、ただ遠くから見守っていた。

「本当は、ここに来るの、怖かった」

「うん」

「弱っている精市くんを見たら、泣いちゃうんじゃないかって、精市くんを困らせてしまうんじゃないかって、心配だったから…」

「うん」

結局、涙は出て来なかったけれど、いまでも自分の行動が正しかったのかどうかわからないままだ。

「考えすぎないで、もっと普通にしてくれていいんだ」

「精市くん…」

「俺はなまえの顔を見られただけでも嬉しいよ」

なまえは?と聞かれて、私も…と頷いた。

「ありがとう、真田。なまえを連れてきてくれて」

「いや、俺は」

「どうせ、廊下でもじもじしていたところを見つけて引っ張ってきてくれたんだろ。助かったよ」

「そうか」

真田くんは僅かに表情を和らげると、見舞いだと言ってお花を私に押し付けて病院から出て行ってしまった。

「気を遣ってくれたみたいだね」

「えっ、そんな、私もすぐ帰ろうと思ってたのに」

「なまえ」

「うっ…わかった。もうちょっとだけね」

「ああ、ありがとう」

儚げな笑顔に、胸が締め付けられる。
お花と花瓶を持って一度病室を出た私は、深呼吸をしてから水道のある場所に向かった。

精市くんにはこんな場所は似合わない。

絶対、全然、似合わないんだから、神様は一日も早く彼をコートに帰すべきだ。
水を流す音に紛れて、私は少しだけ泣いた。

神様、お願いします。
精市くんにテニスをかえしてあげて下さい。
お願いします。

祈りながら病室へと戻れば、あの儚い微笑みに迎えられた。

「そんな顔をしないでくれ。俺は大丈夫だよ、なまえ」

それは、神の子がコートに戻って来る前の、ある春の日の出来事だった。


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