太宰さんが入院したと国木田さんから教えて貰った私は、仕事がお休みの日にお見舞いに行くことにした。

太宰さんにはことあるごとに口説かれて困っていたのだが、お世話になっているのも確かだし、一度はお見舞いに行くべきだろうと思ったからだ。

受付で面会名簿に名前を書き、階段を上がって病室まで行くと、軽くノックをしてからドアを開けた。

「あっ」

「えっ」

太宰さんは看護師さんと、何というか、取り込み中のようだった。

慌てた様子で襟元を整えた看護師さんがあたふたと病室から出て行く。

「えーと、私もこれで…」

「待ってなまえちゃん!……うっ」

テーブルの上にお見舞いの花を置き、そそくさと立ち去ろうとしたら、急いでベッドから出ようとした太宰さんが床に転げ落ちてしまった。

「行かないでくれ。お願いだから…」

そのままずりずりと這いずって追って来ようとしたので、私は仕方なく彼の所に戻ってその身体を支えてベッドに座らせてあげた。

「大丈夫ですか?」

「君が逃げないでくれるなら」

「逃げません、逃げませんから」

痛そうに傷口のあるあたりを手で押さえている太宰さんを放って行けるわけがない。

「看護師さん呼びましょうか?」

「いや、大丈夫だよ。それより…」

「さっきのことなら見なかったことにしてあげます」

「ごめん、ありがとう」

私の手を取り、すりすりと頬擦りしている太宰さんに、もうしょうがないなあと溜め息をつく。
こんな人だけど何故か放っておけないのは、それだけ彼が魅力的な男性だからだろうか。

蓬髪に甘いマスクはいつものまま、身体中に巻かれた包帯が痛々しい。
砂色のトレンチコートにベストとループタイといったいつもの格好とは違って、病人らしくパジャマ姿なのだが、それさえも何だか色っぽく見えるから不思議だ。

「もう、病人なんだから大人しくしていて下さい」

「なまえちゃんが側に居てくれるなら、いい子にしているよ」

ベッドに半身を起こした状態の太宰さんは、にこにこと機嫌良く笑った。

「ねえ、なまえちゃん。お見舞いに持って来てくれた桃の缶詰があるんだ。食べさせてくれるかい?」

「いいですよ」

サイドテーブルの引き出しを開けて缶詰を取り出し、ぱっかんと開けてフォークで桃を刺す。

「はい、あーん」

「あーん」

口を開けた太宰さんに桃を食べさせてあげた。
もぐもぐと咀嚼して、ごっくんと飲み込んだ太宰さんの頬が少し赤い。
さては傷のせいで熱が出ているのかと額に手をあてると、太宰さんはその手を掴んで手の甲に口付けた。

「なまえちゃんが、あーんして食べさせてくれると思わなかったから…」

それで照れているのか。

いつも大胆なことをして口説いてくる太宰さんにドキドキさせられるのは私のほうなのに。
そんなことを言われると私まで何だか恥ずかしくなってしまうじゃないですか。

「なまえちゃん、あーん」

「もう、今日だけですからね」

「そんなことを言って、結局最後まで私を突き放さない優しい君が好きだよ、なまえちゃん。愛してる、私と心中してく……あいたた」

ちょっと強めに包帯の上から傷跡を撫でたら、太宰さんは痛がって呻いていた。

太宰さんが悪いんですからねっ。


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