当時交際中だった私をふって私の友達と出来ちゃった結婚をした元カレから頭の沸いたメールが届いた。

『今年のバレンタインチョコだけど、自宅に送られると困るから直接会って貰うよ。いつ空いてる?』

なんで既婚者になった、しかも自分を裏切った男にチョコなんか渡すと思うのかと怒りをぶつけたところ、

『だってアドレス変更してないってことは、お前まだ俺のこと好きなんだろ』

と返ってきて、大層脱力させられた。
一時期とは言え、こんな男を好きだった自分が信じられない。
見る目が無さすぎる。

こんな馬鹿がいますよと知り合いに拡散してやりたかったが、残念ながら当時の友達は馬鹿共の結婚式に出席したことで縁切りしたので、サクッとアドレス変更して終わりにした。

とは言え、怒りの持って行き場がないのはつらい。
憤懣やる方ないとはこのことだ。

「はぁ……」

深々と溜め息をついた時、スマホの着信音が鳴り響いた。

表示されているのは“安室さん”

急いで電話に出る。

「はい、もしもし?」

『こんばんは、なまえさん。安室です。いま大丈夫ですか?』

「はい、大丈夫です」

『実はあなたの家の近くまで来ているのですが、少し寄ってお話してもよろしいですか?』

「あ、お仕事終わったんですね。お疲れさまです。もちろん大丈夫です、お待ちしています」

『ありがとうございます。それでは』

電話が切れる前にインターホンが鳴った。

えっ、まさか…

慌てて玄関に向かい、ドアを開ければ、まだスマホを手にしたままの安室さんが笑顔で佇んでいた。

「来ちゃいました」

何だかどこかで聞いたような台詞でも、安室さんのような素敵な男性が言うとときめいてしまうから不思議だ。

「すみません。突然」

「いえ、安室さんならいつでも大歓迎ですよ」

「あなたは僕を甘やかすのがお上手だ」

安室さんを部屋に上げて、紅茶とお茶菓子を持っていく。

「なまえさん、これ、良かったら召し上がってください」

「えっ」

「あれ?今日バレンタインですよね」

はにかむように笑って安室さんが差し出してきたのは、綺麗にラッピングされたチョコケーキの箱だった。
もちろん、手作りの。

「逆チョコというやつです。もし、迷惑なら…」

「迷惑なんてとんでもない!凄く嬉しいです。ただ、びっくりしてしまって」

私が安室さんに差し出したのは、お茶菓子代わりに出そうとしていたチョコケーキだった。
もちろん、手作りの。

「同じことを考えていたんですね、僕達」

「そうですね」

私達は笑いながらお互いのチョコケーキを交換した。

「ハッピーバレンタイン、なまえさん」

「ハッピーバレンタイン、安室さん」

安室さん特製のチョコケーキはとても美味しかった。

「そう言えば、メールアドレスを変更されたのですね」

「あ、そうなんです。すみません、いま新しいアドレスを」

「お願いします」

新しいアドレスを安室さんに教えたあと、聞かれるままに元彼の話をしたのだが。

「とんでもない男ですね。いまになって尚もあなたを苦しめるなんて」

安室さんが私のために怒ってくれている。

それだけで、あのメールを見てからずっと重石のようにのしかかっていたものが消えて無くなる気がした。

自分でも気付いていなかったけれど、ずっと嫌な感じが残ったままだったようだ。

「安心して下さい。あなたは僕が守ります」

「ありがとうございます、安室さん。でも、アドレスも変えたしもう大丈夫だと思います」

「だといいのですが」

安室さんが思案げな顔をするのを見て、私はますますあたたかい気持ちになるのを感じていた。

「安室さん、またハロちゃんと一緒にお散歩に連れていって下さいね」

「それはもちろん。ハロもあなたに会いたがっていますよ」

「嬉しい…」

安室さんとハロちゃんと私で、三人で暮らす夢がふと頭をよぎったが、慌てて打ち消した。

それはただの夢だとしてもあまりにも図々しい。

「どうかしましたか?なまえさん」

「いえ、このチョコケーキ美味しいですね」

「喜んで貰えて良かった。あなたのためだけに作ったケーキですから」

「安室さん…」

これ以上を望んではいけない。

わかっているのに、甘い夢を見てしまいそうになる。

このチョコケーキのように、甘くて優しい夢を。


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