「はい、あーん」

おずおずと口を開けると、ハート型のルビーチョコを指で摘まんで口に運ばれた。

そのまま、もぐもぐと咀嚼する。

そうしなければ解放されないことがわかっていたから。

こんな状況なのに、とても美味しかったものだから、思わず頬が緩んでしまった。

「いかがですか、私の手作りチョコは。お気に召しましたか?」

「美味しかったです!」

私は半ば自棄になりながら答えた。

「食べました!食べましたよ!もう帰ってもいいですよね?」

赤屍さんが切れ長の瞳を細めてゆっくりと微笑む。

「帰る?どこへです?貴女の家はここでしょう」

たちまち絶望が私の心の中にゆっくりと広がっていった。

彼のセーフハウスの一つなのだと教えられたここは、郊外の山の中にある一軒家だ。

「今日からここで暮らすのですよ。私と一緒に、ね」

そう言われた時の衝撃と言ったら、とてもじゃないが言葉では言い表せない。

この男はやると言ったらやる男だ。

むしろ、今まで見逃してもらえていたのが奇跡に近い。

今日もいつも通り仕事を終えて自宅に帰ろうとしていた時、彼は突然現れた。

赤屍蔵人。
最強最悪の運び屋。

言う通りにしないと私の親しい人を手にかけると遠回しに脅されたので、抵抗らしい抵抗も出来ないまま拉致されて現在に至る。

しかし、どうしていまこのタイミングだったのか。

「今日はバレンタインでしょう」

その疑問に答えるように赤屍さんは言った。

「貴女がいけないのですよ、なまえさん。他の男にチョコを渡すなどと言ったりするから」

「義理ですよ!義理!」

「私へのチョコは?」

「義理ですよ!義理!」

「だからですよ。困った方だ。私が欲しいのは本命チョコだというのに」

溜め息をついてみせる赤屍さんは凄絶に色っぽかったが、それどころではない。

「じゃあ、今から本命チョコ作りますから、食べたら家に帰してくれませんか?」

「…本命チョコの意味、ちゃんとわかっていますか?」

残念。騙されてはくれなかったか。

「それよりも、そろそろだと思うのですが」

「えっ」

「効いてきたでしょう?」

赤屍さんが凄艶な笑みを見せたのと同時に、どくんと心臓が高鳴った。

「チョコに仕込んだ媚薬の効果が」

「!?」

一気に血の気が引いたかと思うと、また一気に頭に血がのぼるのを感じた。

身体が熱い。

どくどくと心臓が脈打ち、呼吸が乱れてくる。

何よりも、口では言えない場所が疼いてしょうがなかった。

「ひどい…赤屍さんのばか、ばかぁ!」

「貴女を手に入れるためならば、手段は選びません」

「ふ、あぁっ!…あつ、んぁッ」

身悶える私に向かって赤屍さんの手が伸びて来る。

「ふあぁっ!」

宥めるように頬を撫でられただけで、びくびくっと身体が跳ねた。

赤屍さんはどこからか出した赤い紐で私の手足を縛ると、私を抱き上げて歩き出した。

寝室らしき部屋に運ばれ、ベッドの上にそっと下ろされる。

「さて。私は少し準備があるので席を外しますが、そのままお一人で存分に悶えて下さい」

「そんなぁ…!」

このまま放置されるなんて生殺しもいいところだ。

「美味しく出来上がった頃に頂きに参りますよ」

「んんっ」

優しくキスをされて、私の身体が燃え上がる。
わざとなぶるように身体のラインを手でなぞって、赤屍さんは意地悪く手を離した。

「ハッピーバレンタイン、なまえさん。忘れられないバレンタインにして差し上げましょう。最高のバレンタインに、ね…」


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