余所様のキッチンを使うのは緊張するものだが、ここには通い慣れているので、いまはもうどこに何があるか完璧に把握している。

空中に投影されたディスプレイでチョコケーキのレシピを確認しつつ調理を進めていると、背後から視線を感じてドキリとした。
キッチンに立つ私を寂雷先生がジッと見つめているのだ。

「先生…そんなに見られていたら気になって作れません」

「私のことは気にしないで。好きなようにしてくれて構わないよ」

穏やかで柔らかいバリトンでそんなことを言われては、それ以上拒否することは出来ず、私は仕方なく調理を続けることにした。

寂雷先生は美しい。とても綺麗だ。
外見ばかりでなく、中身も。

そんな人に見つめられていると、自分の汚れた部分まで見透かされてしまいそうで落ち着かない。

「しかし、良いものだね。自分のために愛する女性が料理を作ってくれる姿というのは」

突然先生がそんなことを言い出したので、オーブンから取り出したばかりのチョコケーキを危うく落としてしまうところだった。

「おっと、危ない。大丈夫だったかい?」

「もう、寂雷先生っ」

「ふふ…ああ、いや、すまなかったね。真剣にケーキを作っている君があまりにも可愛らしかったので、つい本音が漏れてしまった」

優しく笑いながら私に歩み寄ってきた先生に引き寄せられる。

もちろん、チョコケーキはテーブルに置いてから。

「本当に可愛い子だね、君は」

身長差、体格差があるので、こうして抱きしめられると私は先生の腕の中にすっぽり収まってしまう。
神宮寺寂雷という名の甘い檻の中に囚われて、身動きすることも適わない。

「一二三くん達にからかわれてしまったよ。君と一緒にいる時の私は余程幸せそうに見えるらしい。実際、幸せなのだから仕方ないのだけど」

「私も…私も、先生といると、とても幸せです」

「ありがとう。私ばかりが君に夢中なのではないとわかって嬉しいよ」

「そんなこと…」

「そう思ってしまうほど、君を深く愛しているんだ」

私を抱きしめていた腕が緩み、大きな手の平で頬を包み込まれて顔を上げさせられた。
軽く瞳を伏せた先生の、息を飲むほど美しい顔が近づいて来るのを見て目を閉じる。

「ん……」

触れた唇はあたたかかった。
先生は何度か軽く私の唇をついばんだあと、うっすらと開いた口の中に舌先を侵入させてきた。

長い腕にしっかりと腰を抱かれ、片手で後頭部を支えられながら、深く情熱的な口付けに翻弄される。

「…甘い、ね。チョコの味がする」

「さっき、味見をしたから…」

恥じらって瞳を伏せる私に、もう一度触れるだけの優しいキスをして、寂雷先生は微笑んだ。

「ありがとう。最高のバレンタインだよ」


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