気が付くと見知らぬ部屋の中にいた。

その場にいた人々の視線が一斉に集まり、ちょっとたじろいだが、よく見ると顔見知りの男性ばかりだったので安心した。

室内はかなり広く、これまた立派なキッチンへと繋がっている。
ここから見えるドアは二つ。どちらかから外に出られるのだろうか。

「なまえさん」

名前を呼ばれて振り返ると、赤屍さんがいた。

「なまえ、君も閉じ込められてしまったのか」

と、心配そうに尋ねてきたのは零さん。

「閉じ込められる……?」

「この部屋は密室だ。何人かが外へ出られないか試してみたが駄目だった」

「そんな……」

「そもそも出口が存在しない。あの二つのドアはトイレと脱衣所に繋がっていた」

「壁を壊そうとしたんだが、傷一つつかなかった。お手上げだな!」

そう教えてくれたのは煉獄さんだ。

「鬼の血鬼術かもしれない。油断するな」

「はい」

真剣に頷いた私の肩を誰かが叩く。

「君達は難しく考えすぎだ」

「太宰さん」

「あれをご覧」

太宰さんが指差した方角を見ると、そこには
『苗字なまえが一番好きな人に本命チョコを渡さなければ出られない部屋』
と書かれた横断幕のようなものが壁に掛けられていた。

「そういうわけで皆殺気だっているのだよ。おわかりかな?」

太宰さんはおどけて言ったが、確かに、中には雰囲気が怖い人が何人かいた。
早くここから出たくて苛立っているのと、誰だか知らないがこんなところに閉じ込めたふざけた野郎をぶん殴ってやりたいと思っているのがありありと伝わってくる。

「キッチンを見てみたけれど、チョコレートを作る材料は揃っているよ」

半兵衛さんが教えてくれた。

「それで本命チョコを作って僕に渡してくれたまえ。それで完了だ」

「いえ、なまえさんも彼女の本命チョコもぼくのものですよ。ここには幸いベッドもありますしね」

ドスくんが薄笑いを浮かべてそんなことを言ったものだから、一気にその場の空気が凍りついた。
この異常事態に冷静に対応しようとしていた人達までもが苛立ちをあらわにしてドスくんを睨んでいる。

「冗談じゃない。君なんかになまえは渡さないよ。邪魔をするなら咬み殺す」

「いいえ、なまえさんと本命チョコは僕が頂きます。君達は引っ込んでいて下さい」

「ドカスが……かっ消す!」

「主、主の一番は俺ですよね?主命とあらば、この場にいる全員を斬り捨てますが、いかがなさいますか」

「おい、手前らいい加減にしろ。なまえが困ってるじゃねえか」

「……水の呼吸 拾壱ノ型 凪」

それは一瞬の出来事だった。
私に群がろうとしていた男性達が、一斉になぎ倒されたのだ。
立っているのは離れて様子を見ていたらしい数人だけだった。

「どうするかはお前が決めろ」

凪いだ水面のように静かな面持ちで義勇さんが言った。

「義勇さん……わかりました。私、チョコを作ります!」

そこからは大変だった。
次々に様子を見にくる男性達の熱い視線にさらされながらの作業。
零さんが手伝ってくれようとしたのだが、

「野郎の手が入ったものなんざ食えるか。そいつ一人に作らせろ」

などと尾形さんが主張したため、私一人でチョコを作るはめになってしまったのだ。
尾形さんのばかばか、スケベ!

その尾形さんは暇なのか、赤井さんのライフルを見せて貰いながら銃談義に花を咲かせている。
太宰さんとドスくんはチェスを始めているし、皆、思い思いの方法で時間を潰していた。

実はそんなに私の本命チョコなんて欲しくないのかもしれない。

「そんなことはないよ。俺はとても楽しみにしているよ、なまえ」

「幸村くん……」

「がっつくような、みっともない真似をしたくないだけだ。男ならば」

「錆兎」

「なんなら我輩が愛の妙薬の作り方を伝授してやろう。人の心を操り感覚を惑わせる技を。名声をビンの中に詰め、栄光を醸造し死にすら蓋をする、そういう技を」

「スネイプ先生……何だかヤバそうだから遠慮します……」

「そうかね?それは残念だ」

そうする内にようやくチョコが完成した。

私の渾身の作品だ。

「それで、誰に渡すのか決めたのか?」

「はい、赤井さん」




もちろん、これを渡すのはあの人だ



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