全身が映る鏡の前で何度も身だしなみをチェックしてから部屋を出た。
今日だけは絶対にみっともない格好は出来ない。

「遅え」

「ごめん!」

寮を出ると既に二人とも待っていた。
見慣れた制服ではなく私服姿だ。
いつもの五割増しくらいカッコいい。

「慌てなくて大丈夫だよ。私達もさっき来たところだから」

「夏油くんが優しい」

「俺だって優しいだろ。ちゃんと待っててやったんだから」

「うん、ごめんね、五条くん」

両側を五条くんと夏油くんに挟まれる形で歩き始める。
えっ、もしかして今日はずっとこのポジション的な?
──その通りだった。
電車の中でも、原宿に着いてからも、二人にサンドされている。
背の高い二人に挟まれると威圧感が半端ない。小人になった気分だ。
何より、二人が放つ常人ではないオーラみたいなものに押し潰されそうだった。

「あ、クレープ買っていい?」

「私が買って来るよ。何がいい?」

「じゃあ、チョコバナナでお願いします」

「なんで敬語なんだよ。うける」

「だって」

「二人でいちゃつかないでくれるかな」

夏油くんがクレープを持って戻って来た。
三人分あって、それぞれ違うトッピングのようだ。
お財布を出そうとすると夏油くんに止められた。

「お代はいいよ。その代わり一口貰ってもいいかい?」

「うん、もちろん」

夏油くんにクレープを差し出す。
上半身を屈めて一口食べた夏油くんは「甘いね」と笑った。
そんなに甘いだろうか。
私もクレープを食べてみた。
甘くて美味しい。

「俺にも一口」

言うなり五条くんは私の手首を掴んで引き寄せ、ぱくりとクレープに齧りついた。

「あっ」

「なんだよ」

「そこ、私が食べたとこ……」

「わざとに決まってんだろ、バーカ」

五条くんは私に見せつけるように艶かしい仕草で唇を舐めてみせた。
真っ赤になった私を見て満足そうに笑う五条くんは意地悪だ。
夏油くんがぽんぽんと優しく頭に手を乗せて宥めてくれる。

「悟」

「わかってるよ。こいつ、鈍いからこうでもしないとわからねえんだよ」

「確かに」

「ひどい!」

私だってわかっている。と思う。
二人から好意を寄せられていること。たぶんだけど。
でも口に出してもし間違っていたら恥ずかしさで死ねる自信がある。
だからもうしばらくの間は気付かないふりをしていたい。
硝子ちゃんにはあの二人だけはやめとけと言われているけれど。
今日だって二人と出かけると聞いた硝子ちゃんは渋い顔をしていた。
心配をかけて申し訳ないなと思う。

「退屈だった?」

そんなことを考えていたら、夏油くんが心配そうに顔を覗きこんできたので、慌てて笑顔を作る。

「ううん、硝子ちゃんへのお土産何がいいかなって考えてたの」

「そんなもん酒か煙草でいいだろ」

「せっかく原宿に来たんだから、もっとこうお洒落なものが良くない?可愛いお菓子とか」

「あいつがマカロンとか貰って喜ぶタマかよ」

「確かに、硝子は甘いものよりも酒のおつまみのほうが喜びそうだ」

「ダメかあ……」

「私も一緒に考えるから落ち込まないで。何かきっと気に入るものがあるはずだよ」

「ありがとう、夏油くん」

それから三人で幾つかお店を見て回り、あれでもないこれでもないとお土産探しをしていたのだが。

「ちょっといいかな」

声をかけられて振り返る。
私に声をかけたのではないことはわかっていた。
その証拠に、スカウトマンらしき男の人は五条くんと夏油くんを交互に見ている。
まるで品定めしているようで嫌だなと感じた。

「見てわかんだろ。デート中」

「邪魔をしないでもらえるかな」

五条くんが私の腰に腕を回して引き寄せ、夏油くんが私の指に自分の指を絡ませて恋人繋ぎをしてくる。
こんな美形二人をはべらせてるなんて何者!?という目で見られたが、違うんですとはとても言い出せない雰囲気だった。

「あの、君達、モデルに興味とかは」

「ない」

五条くんがきっぱりと言い放つ。

「行こうぜ」

「そうだな」

二人にそれぞれ右手と左手を取られて引っ張って行かれながら、私はスカウトマンの人に頭を下げた。
そうして二人に連れて行かれるまま、カフェに入った。
丸テーブルの前の椅子に座って息をつく。

「あーびっくりした」

「普通だろ、あんなの」

「二人はああいうの慣れてるかもしれないけど、私はドキドキだったよ」

「なまえは可愛いね」

「可愛いっつーか、世間知らず。お前みたいなのには俺がついてないとな」

そう笑った五条くんにデコピンされる。

「心配しなくても、なまえは私が守るよ」

おでこを擦っている私に、夏油くんが優しく微笑んでくれる。

「あ、えっと」

私は鞄の中から二つの紙袋を取り出して五条くんと夏油くんに手渡した。

「今日、バレンタインだから、チョコ」

「手作り?」

「う、うん」

「ありがとう。嬉しいよ」

「来年は俺だけにしろよな。傑の分は要らねーから」

「それは私の台詞だよ。来年は悟の分は必要ないからね」

「なんだよ、やんのか?」

「そっちがその気なら受けてたつよ」

「ちょちょ、ちょっと待って!」

こんな場所で喧嘩を始めたらどんな被害が出ることか。
慌てて二人を止めた私は、彼らに聞いてみたいことがあった。

「二人とも、今日はどうして誘ってくれたの?」

五条くんと夏油くんは顔を見合わせ、それから当たり前のような顔をして私に言った。

「今日はバレンタインだから」



「好きなやつと過ごしたいからに決まってるだろ」

「好きな子と過ごしたいからに決まってるじゃないか」

ぎゃふん。


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