はじめはルタオのナイアガラだった。 次にダロワイヨ それからピエールマルコリーニの生チョコ 翌日は何故かブラックサンダー モロゾフ ゴンチャロフ アンリシャルパンティエのショコラノワールエブラン と、毎日違う種類のチョコが届けられていたと思ったら、これである。 バレンタインデー当日、なまえはいかにも高級そうなホテルのスイートルームらしき部屋で目覚めた。 寝室を出るとプールが見える広いリビングがあり、ジャグジーではライオンの彫像の口からふんだんにお湯が吐き出されていた。その傍らにはこれまた高級そうな寝椅子があって、ワインクーラーの中にはよく冷えたシャンパンが待機している。 お風呂には薔薇の花びらが浮かんでて、どこかの暗殺部隊が全員並んで寝られそうな大きさのベッドの上にも薔薇の花びらが沢山散りばめられていた。 「お目覚めですか、お姫様」 探していた人の姿は白くて清潔なアイランドキッチンにあった。 藍色がかって見える艶のある長い髪は項でひとつにすっきりと束ねられていて、優美に整った顔立ちをテラスから差し込む明るい光が照らし出している。服装こそ見慣れたものだが、今日は革手袋をしていない。 キッチンに置かれた道具から、彼がチョコを作っていたことは明らかだった。昨日のなまえのように。 「まずはドリンクをどうぞ」 すらりと背の高いその男は、歩み寄ったなまえにスムージーのグラスを手渡した。 フルーツがたっぷり使われたそれはなまえの喉を優しく潤し、いかにも南国のリゾートに来ていますという気分にさせてくれた。 ここはどこなのかとか、いつの間に連れて来たのか、など。 聞きたいことは山ほどあったが、とりあえず目の前の男に両腕を差し伸べてその引き締まった体躯を抱き締める。 「骸、大好き」 「僕もです。愛していますよ、なまえさん」 自分より随分と小さい恋人をしっかりと抱き締め返した六道骸は、自らの手際を披露するように彼女の視線を誘導した。 「いかがですか、今回の趣向は」 なまえは骸の腕の中から辺りを見回して、やっぱり幻術じゃなかったんだと改めて現実を受け入れた。 「もしかして、バレンタインだから?」 「そうですよ。目覚めたら南国のリゾートにいた、なんて素敵でしょう」 「うん、そうだね。びっくりしちゃった」 「ちょっとベタ過ぎましたかねぇ」 骸が満足そうに含み笑う。なまえは、辺りに漂う薔薇の香りよりも、彼から薫る香りのほうがよほど蠱惑的だと考えていた。骸が纏う色香は、この明るく健康的なリゾートとは正反対の夜を感じさせるものだった。 「締めはなんと、僕の手作りチョコです」 なまえの腰を抱いて冷蔵庫へ歩いていった骸が、中からよく冷えたチョコを取り出す。 チョコには果物の皮のようなものが練り込まれていた。 「パ」 「違います」 なまえの頬をぐにぐにと引っ張りながら骸が即座に否定する。あの果物は相変わらず地雷であるらしい。 「オレンジピールですよ。良い香りでしょう?僕のチョコは」 「うん、いい匂い」 「ちょうどシャンパンも冷えていますし、一緒に食べましょう」 骸がなまえを抱き上げてプール脇の寝椅子へと移動する。 そこになまえを降ろして自分も隣に腰掛けた骸は、ワインクーラーからシャンパンを取り出して栓を開けた。シャンパングラスに黄金色のそれを注いで、チョコを手にしているなまえへと差し出す。 「ありがとう」 「どういたしまして。お安い御用ですよ、僕の可愛い姫君」 「私も骸にチョコを用意してあったんだけど」 「知っています。ちゃんと持って来てありますよ」 ぬかりないなあと苦笑するなまえにキスをして、骸は甘いですねと笑った。 左右色違いの瞳が、何よりも雄弁に、愛おしい、と告げている。 「君の唇は、どんなフルーツよりも、どんなチョコレートよりも、甘くて芳醇だ」 そういう骸のキスも、さっき味見したであろうオレンジピール入りのチョコの味がした。 |