私と吉田君はただのクラスメイトだ。それ以外の接点はないはずだった。 ある日の放課後、買い物帰りに悪魔に襲われていたところを彼に助けられるまでは。 「大丈夫?」 「う、うん……ありがとう」 そういえば吉田君はデビルハンターなんだっけ。それにしても強すぎない?あんな怖そうな悪魔を一瞬で倒しちゃうなんて。 そんなことを考えていたら、吉田君の頬に飛び散った返り血が目に映った。 ポケットからハンカチを取り出してそれを拭き取る。そうしている間、吉田君は目をぱちくりさせて私を見下ろしていた。 「キミは……」 「?」 「何て言うか、無防備だね」 俺が怖くないの?と吉田君が首を傾げる。 「吉田君は怖くないよ。私のことを助けてくれたでしょう」 「成り行きだけどね」 あっと思った時にはやんわりとハンカチを取り上げられていた。 「汚しちゃってごめん。洗って返すよ」 「えっ、いいよそんなの気にしなくて」 「キミとの関係をこれっきりにしたくないんだ」 何か凄いことを言われた気がする。 「どうしてもダメ?」 「……」 意志薄弱と言われそうだが、この時の私は自分の容姿の良さをフル活用した吉田くんの『お願い』をどうしても断ることが出来なかった。 しかし、すぐに後悔するはめになる。 翌日から吉田君が何かと親しげに声をかけてくるようになったからだ。 「これありがとう、なまえちゃん」 綺麗に洗濯されてアイロンまでかけられたハンカチを渡された時にはその場にいた全員がざわめいた。あの吉田君が女子を名前呼びしたからというのもあるが、なにより吉田君の声がびっくりするほど甘くて優しいものだったので。 男の子達が「女を殴ってそうな、あの吉田が」とひそひそしている。 ちらりとそちらに視線を向けた吉田君が私に向き直った。 「キミも俺が女の子に暴力ふるってそうだと思う?」 「あ、えっと」 「素直な反応だね。なまえちゃんのそういうところ俺は好きだよ」 それ!そういうの困るんですけど!周りの人からめちゃくちゃ見られてるし、いたたまれなくなるからやめてほしい。 「よ、吉田君」 「なに?俺のこと好きになってくれた?」 「なってないから!」 「残念。もっと好きになって貰えるように努力するよ」 じゃあ、また放課後にね。 そう告げて自分の席に戻って行った吉田君を横目で見ながら、それまで黙って一部始終を見ていた友達が口を開いた。 「なまえさぁ……」 「わかってる。わかってるからお願いだから何も言わないで」 この状況に一番困惑しているのは私自身だから! 放課後になると吉田君は当たり前のように私のところにやって来て「帰ろうか」とにっこりした。 そんなことが続いたある日。 吉田君と並んで歩きながら私は気になって仕方がなかったことを尋ねてみた。 「依頼で怪我したりもするの?」 「たまにね」 吉田君はどうしてそんな危険な仕事をしているのだろう。 悪魔に家族や大事な人を殺されたとか? でも、そういった人が抱えている悲壮感みたいなものが彼からは感じられない。 気になったけど尋ねるのはやめておいた。あまり深入りしないほうがいいと思ったからだ。得体が知れないこの男と深く関わるのは危険だと本能が告げている。 「吉田君、ちょっと寄って行ってもいい?」 「いいよ」 優しく言って付き合ってくれるところだけ見ると、いい人っぽいんだけどなあ。 神社の境内までやって来た私は手を合わせて神様にお祈りした。 どうか吉田君が悪魔に殺されたりしませんように。 そうお願いしてから隣を見ると、驚いたことに吉田君もお参りをしていた。 「吉田君も神頼みするんだね」 「そりゃあね。俺も万能ってわけじゃないから」 何となくだけど、吉田君に出来ないことはなさそうだと思っていたから、本人がそんな風に考えていたことは意外だった。 「どんなお願い事したの?」 「キミが俺のことヒロフミって名前で呼んでくれますようにって」 「それって神様にお願いするようなことかなぁ?」 「お願いするようなことだよ」 ヒロフミ君と呼ぶ勇気はないけれど、お礼はちゃんとするべきだろう。私は鞄から綺麗にラッピングされたチョコレートを取り出して吉田君に差し出した。 「あの、これ、この前のお礼。助けてくれて本当にありがとう」 「気にしなくていいのに。でも嬉しいよ。これ手作り?」 「うん」 「ありがとう。大好きだよ、なまえちゃん」 チョコを持ったまま吉田君が私を優しく抱き締めてくる。そうして、慌てる私をあの何を考えているのかわからない昏い目を細めて見下ろした。 「俺達そろそろ付き合わない?」 「わ、私は吉田君のことは大事な友達だと思ってるから!」 「今はね」 吉田君は謎めいた笑みを浮かべて言った。 「でもキミは必ず俺のことを好きになる。だって、俺がこんなにもキミのことが好きなんだから」 なんて恐ろしいことを言うのだろう。まるで呪いだ。怖くなって思わずその場から逃げ出してしまったけど、今のは吉田君が悪いと思う。 そう思っているのに、立ち去る間際に見えたいつもの薄笑いとは違うどこか切なげな微笑みが目に焼きついて離れなかった。 どうしてそんな顔するの。不覚にもきゅんとしてしまったじゃないか。 その事実を忘れようとして必死に自分に言い聞かせる。 吉田君は友達、吉田君は友達、吉田君は…… |