真奈が乱れた呼吸を整えようとする間にも、骸は頬や目元へキスを落としていく。
心臓があり得ない速度でドクドクと脈打っていて痛い。

「まって…待って、むくろっ……!」

「待たない。どれだけ待ったと思っているんです。もう待てません」

睨みつけるような鋭さで見つめてくるオッドアイに息を飲む。
熱くて冷たい眼だと思った。
退屈に飽いた、それでいて己の渇きを癒してくれる何かを切望してやまない、激しい熱を秘めた眼だ。
これに捕まってしまったらきっと火傷ぐらいじゃ済まない。

真奈は腕に渾身の力をこめて骸の身体を押し返した。
そのままベッドからころんと転がり落ちる。
伸びてくる手から身を退き、もつれそうになる脚を叱咤して何とか立ち上がると、部屋の唯一の出入口であるらしいドアへと駆け寄った。

ガチャガチャガチャ…
虚しい音が辺りに響く。
やはりというかお約束というか、当然の如く鍵が掛けられていたドアは開かない。

「無駄ですよ。鍵をかけましたから」

「鍵って──何考えてるのー!?」

「君のことを」

骸は淡く微笑んだ。
至極優美な動作でベッドから降りた彼を見て真奈はビクリと身を竦める。

「そ、それ以上近づいたら本当に怒るからっ」

「おやおや…それは怖いですねぇ」

怖がるどころか、骸は実に楽しげに肩を揺らしてくっくっと笑いながら歩み寄ってくる。
どうやらその美貌だけではなく、鬼畜さも初めて会った頃から数段グレードアップしているらしい。

冗談じゃない、と真奈は絶望的な気分になった。
あの頃でさえ適わなかったのに、更にその上をいく今目の前にいる男に勝てるはずがない。

あっという間に距離を詰められて、ドアに背がぶつかった。
完全に追い詰められた真奈の顔の両脇に手を付き、長身を屈めるようにして骸がその顔を覗き込む。
切なげに細められた色違いの双眸に真奈の胸がきゅうっと締め付けられた。

──どうしてそんな眼で見るの……

「骸……」

「僕が、怖いですか?」

耳朶に唇を寄せられ囁かれる。
身動きすら出来ない真奈がこくっと喉を鳴らすのを見て、彼は低く笑った。

「怒っても憎んでも構いません。…それでも、僕は、君が欲しい」

そう言いながら、酷く優しく髪を撫でられて混乱する。
彼は自分を奪おうとしているのではないのか。
いっそ乱暴に扱ってくれれば憎みきれるのに。
こんな風に壊れ物を扱うようにされてしまうと、完全に拒絶することも出来ない。

「愛しています」

真っ直ぐに見つめてくる瞳に魂までも呪縛されていく。

口付けられて、ゆっくりと瞳を閉じる。

瞼の裏にはどこまでも続く闇が広がっていた。



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