「その通り。
僕は悪人ですよ。それ以外の何だと思っていたんですか?」

そんな風に嘲ってみせるのだ、きっと。
あの綺麗な顔に綺麗な笑みを浮かべて。

「本当に、君は甘い。だから僕のような悪い男に捕まるんですよ、真奈さん」






イタリア某所にあるボンゴレファミリーの本部。
9代目の執務室から出たところで、真奈はザンザスにばったり出くわした。
向こうにとっても予期せぬ遭遇だったらしく、傷跡の走る精悍な顔に僅かな驚きの色が浮かんでいる。

「久しぶり、ザンザス」

笑顔で挨拶した真奈に返ってきたのは、舌打ち。
続いて、意外にもそれほど刺々しい感じはしない「カスが…」と低く呟く声が聞こえた。
初対面の時のいざこざを考えれば非常に友好的な態度であると言える。

「死にぞこないに呼ばれて来たのか」

相変わらずの口の悪さに苦笑しながら、9代目と話してきたのだと頷く。

「ザンザスも?」

9代目に会いに来たのかと問えば、目の前の男は馬鹿にしたように鼻で笑った。
ご機嫌窺いをしにやって来た訳ではないだろうから、仕事の報告か何かなのだろう。

「ヴァリアーは10代目に膝を折らないのかと寝言を抜かす連中を半殺しにしてきた件で説教でもするつもりだろう。さっさと引退すればいいものを、いつまでも口喧しいジジイだ」

そう言いながらも、彼の声音には以前のような憎しみや苛立ちは感じられなかった。
和解……というのとは少し違うかもしれないが、リング争奪戦以後の数年の間に彼と養父との関係に変化があったのは確かだ。

現在ヴァリアーは実質9代目直属の機関として動いている。
10代目を擁立するでもなく反発するでもなく静観の構えだ。
綱吉にとっては、敵でもなければ味方であるとも言いきれない微妙な関係だが、ザンザスにしては精一杯の譲歩であると言えるし、実際綱吉も真奈もそう思っている。

「外野のカスどもが一々うるせぇ」とザンザスはぼやいた。今回もただ単に口より先に手が出たわけである。

「もっと協力しろだのとほざくカスばかりかと思えば、暗に10代目への反乱をそそのかしてくるカスどももいるがな」

「でも、ザンザスはもうツナをどうにかしようなんて考えてないよね」

「さて。それはどうでしょう?」

第三者の美しい声がなめらかに滑り込む。
背後から聞こえたそれに後ろを振り返れば、窓から差し込む光の届かぬ陰に、長身の青年がひっそりと佇んでいた。

六道骸。
かつて敵として対峙しながらも、その後、家光との取り引きに応じて綱吉の霧の守護者となり、今は冷たい水で満ちた牢獄でその身を拘束されているはずの人物だ。
元々整った綺麗な顔立ちをしていたが、少年から青年へと変じた今ではそこに凄みが加わって、いっそ寒気すら感じるほどに美しい男になっていた。
こういうのを『悪魔的な美貌』とか『禍々しい美貌』と呼ぶのだろう。
艶やかな長い黒髪を項の辺りですっきりと一つにまとめ、鞭のように引き締まった細身の長身に闇色のコートを纏うその姿はまさしく美貌の悪魔だ。


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