リボーンがCMの仕事を取ってきた。

相手は俳優もモデルもこなすイタリアの事務所所属のマルチタレント、ザンザスだ。
ヴァリアーというグループのリーダーで、メンバーからはボスと呼ばれているのだとか。
実は親戚のお兄さんである。

「春の新作リップのCMなんだよね」

「そうだぞ」

リボーンが頷く。

「コンセプトは『キスしたくなる唇』だ」

「えっ」

「まさか本当にはしないでしょ。フリだけよ」

真奈の髪をセットしながらビアンキがそう言ってくれたので少し安心する。
何しろ、リボーンには全科がある。以前、骸と共演したホラー映画でキスシーンがあることを当日まで秘密にしていたのだ。
一応清純派で売っているのであの時は公開と同時にちょっとした騒ぎになった。悪乗りした骸が交際を匂わせたりしたので余計に。

「さ、出来たわ。今日もとびきり可愛いわよ」

「ありがとう、ビアンキ」

可愛く見えるとしたら、それはビアンキのメイクのお陰である。少なくとも真奈はそう確信している。

「ザンザスにされる前に俺がキスしてやろうか」

「もう、リボーン!」

スタジオに入ると、既にザンザスがスタンバイしていた。ディレクターチェアにどっしりと腰を降ろし、長い脚を組み、腕組みをして目を閉じている。プロ意識の高いザンザスのことだから、イメージトレーニングをしているのかもしれない。

春らしい柔らかいピンク色で統一されたセットの中で、黒尽くめのザンザスだけが浮き上がって見えるほど強烈な存在感を放っていた。

「今日はよろしくお願いします」

ぺこりとお辞儀をすると、ザンザスは目を開けた。赤い瞳がじろりと真奈を見る。

「足を引っ張るなよ」

「うん。頑張る」

会話はそれだけだったが二人にはそれで充分だった。

そして、本番。
リボーンとビアンキが見守る中、撮影が始まった。

ザンザスが真奈の唇に親指で触れる。
それはおよそこの男らしくないほどの優しい接触だった。
後から音声を被せるので、二人に台詞はない。無言のまま見つめあい、睦まじい恋人同士を演じている。

仮のBGMに合わせて「キスしたくなる唇」というコンセプトが挿入される。
見つめあう二人の顔が近付き、いまにも唇が触れあいそうな距離で真奈が目を閉じる。そこでCMは終わっていた。

「素敵ね。いい感じじゃない」

モニターで見ていたビアンキが満足そうに微笑む。

「どういう意味でだ?」

「もちろん、そういう意味でよ」

カットの声がかかるまで、二人の唇は触れあったまま離れることはなかった。

「ザンザスってば、本当にキスするんだもの。すごくドキドキした」

リボーンとビアンキのもとへ戻ってきた真奈は、無邪気な様子で笑って言ったのだった。
それを見て、大物だなとリボーンは感心したのだが、もちろん本人は知らない。


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