「あの男は正真正銘のサディストだ」

艶のある美声で冷ややかにそう吐き捨てたのは、長身の美丈夫。
引き締まった細身の体躯によく似合う黒の上下にロングブーツという出でたちで、艶のある青みがかった長い髪を項ですっきり束ねている。

真奈の知る姿よりも更に色気と魅力を増してはいたが、赤と青の瞳と独特のヘアスタイルだけは健在だった。
六道骸。
真奈の双子の弟である沢田綱吉の霧の守護者。

ということは、ここは夢の中なのだ。
気が付いたらいつの間にか当たり前のように目の前にいた骸の顔を見上げて真奈は納得した。
検査室でストレッチャーに乗せられて白蘭に話しかけられた事は覚えているが、どうやらあの後いつの間にか意識を失っていたらしい。
いま骸は真奈の夢を通じて接触してきているのだ。

「あの男?」

「白蘭ですよ」

柳眉をひそめ、嫌悪をあらわにしていてもその整った顔立ちはいささかも損なわれてはいない。

「君を実験動物のように扱うなんて……」

実験動物。
その言葉に、真奈は胸の痛みを覚えずにはいられなかった。
彼は、六道骸は、かつてエストラーネオ・ファミリーというマフィアのもとで行われていた人体実験の被害者なのだ。
それだけが原因だとは言い切れないが、その過去が骸がマフィアを憎む理由の一因となっていることは間違いない。
だから今も、白蘭に実験動物のような扱いを受けた真奈を心配してくれているのだ。

「すみません。あんな目に遭わされる前に助けたかったのですが……」

骸の白い生身の手の平が真奈の頬に触れ、柔らかく包み込むように添わせられる。

「ううん、私は大丈夫。心配しないで」

それは本心からの言葉だった。
彼も敵地に潜入していて大変だろうに、こんな風に気にかけてくれただけでも十分嬉しい。

「気をつけて骸。あの人、骸の事に気付いてると思う」

「でしょうね」

骸は動じることなく頷いてみせた。

「あのボンゴレを短期間で壊滅に追い込んだ男です。そう容易く騙せる相手だとは思っていませんよ」

白蘭の飄々とした態度を思い浮かべながら骸は言った。
同じ闇を抱える者だからこそ見えてくるものがある。
一見すると爽やかな笑顔の裏に隠されたあの男の本性は、狡猾な魔物のそれだ。

「いつまで続くかはわかりませんが、向こうが仕掛けてくるまでこのまま化かし合いを続けるつもりです。僕としても、そのほうが都合がいい」

「そう……」

心配そうに自分を見上げる真奈に、骸はふっと表情を緩めて笑いかけた。

「相変わらずですね、君は。僕よりも自分の心配をするべきでしょう。──もっとも、直ぐにその必要はなくなりますが」

「? どういうこと?」

「直ぐにわかりますよ」

クフフ、と笑った骸が身を屈める。
頬に押しあてられる柔らかな感触。

「次に会った時は、こちらに」

艶然と微笑み、骸は長い指で真奈の唇をそっと撫でた。
その姿が乳白色の霧に溶けて消えていく。

──arrivederci

いつかと同じ、再会の約束の言葉だけが深い霧の中に響いた。



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