脱衣場から出てすぐにある洗い場でまずは身体を洗い、仕切りの向こう側へ。
露天風呂に入ると、見事な日本庭園が一望出来た。
晴れた日には遠くに富士山まで見えるというのだから、風情があることこの上ない。
それに加えて、この温泉だ。
ちょうど良い温度でとても気持ちがいい。日頃の疲れがゆっくりと癒されていくようだった。


「なまえ」

「えっ、零さん?」

急に後ろから声をかけられたのでびっくりしてしまった。
振り向けば、申し訳なさそうな顔をした零さんが胸の辺りまで湯に浸かっていた。

「驚かせてすまない」

「いえ、大丈夫です。零さんもここの温泉に入っていたんですね」

「ああ。君が入って来たのが見えたから声をかけたんだが、かえって驚かせてしまったね」

「いいんです。零さんなら、平気です」

湯煙の中、気だるげに髪をかき上げる零さんの美しさ、プライスレス。
眉目秀麗を絵に描いたような美貌の零さんの褐色の肌と乳白色の湯のコントラストがあまりに美しくて、眩しいくらいだ。

「そんな可愛らしいことを言われると困ってしまうよ」

零さんが苦笑する。
端正な顔立ち、そのラインを伝い落ちていく一筋の汗が色っぽくて死にそうになった。

「僕も男だからね。好きな女性と同じ湯に浸かっていて、何も思わないわけじゃない。これでも理性を総動員しているんだ」

「零さん……」

零さんにそっと手を握られる。

「君さえ良かったら、これから僕の部屋に来ないか」

スカイブルーの双眸にひたと見据えられてそんなことを言われては、ただ頷くことしか出来なかった。

「ありがとう。優しくする」

「……のぼせちゃいそうです」

「それは大変だ」

優しく笑った零さんに手を引かれて露天風呂から上がる。
浴衣に着替える間も、ああ、この浴衣もきっとすぐに脱がされてしまうのだと考えてしまって、恥ずかしさのあまり死にそうになった。

しかし。

「えっ」

脱衣所の出口に誰かが倒れている。
頭に上がった血が一気に下がるような錯覚があった。
倒れている女の人の頭にはサバイバルナイフが突き刺さっていたからだ。

「零さん!」

私が叫ぶと、すぐに脱衣所の出口に零さんが駆けつけてきてくれた。
倒れている女性の傍らに跪いた零さんが手早く状況を確認する。

「ダメだ。死んでいる。これは……殺人だ」

「そんな……」

この後、私達は温泉宿を舞台にした恐ろしい殺人事件に巻き込まれることになるのだが、いまはまだその序章に過ぎないことを知る由もなかった。


降谷零END


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