「いやあ、美味いね、ここの餡蜜」 確かに美味しいけど、温泉宿まで来て露天風呂にも入らず甘味処で餡蜜を頼むのなんて、五条先生くらいのものだと思う。 その五条先生はというと、温泉宿の客らしく浴衣姿だった。 青い宝石のような瞳を隠す無粋なサングラスさえなければ、と思ってしまうのは私だけではないはずだ。 「どうしたの、なまえ。餡蜜美味しくない?」 「いえ、美味しいです」 五条先生は何故私をここに誘ったのだろう。 今日は二年生に上がったばかりの乙骨くん達と、一年生になったばかりの伏黒くんを連れて、呪術師専用だという温泉宿に慰安旅行に来ているのだった。 パンダくんは温泉に入れるのかな、とか。 真希ちゃんと一緒に露天風呂巡りがしたかったな、とか。 まあ、色々と思うことはあるのだが、とりあえず五条先生お勧めの餡蜜はとても美味しい。 「食べた?」 「はい、ごちそうさまでした」 「どういたしまして」 五条先生がスマートに会計を済ませてしまったのでお礼を言う。 「なまえはこれからどうする?」 「えーと、露天風呂に行ってみようかなって」 「いいけど、いまの時間混浴だよ」 「えっ」 「やっぱり知らなかったんだね。引き留めて良かった」 露天風呂は幾つかあるのだが、そのどれかで狗巻くんや伏黒くんと鉢合わせていたらと思うと冷や汗が出た。 そんなことになったら明日から高専でどんな顔をして接したらいいかわからない。 「というわけで、僕にお持ち帰りされてよ」 「お、お持ち帰り?」 「そ。僕の部屋の露天風呂に一緒に入ろう」 この温泉宿は全室完全離れ仕様で、それぞれの部屋には部屋付きの露天風呂が完備されている。 先生の部屋にも、もちろん露天風呂があるわけで。そこに一緒に入ろう??? いやいや、ダメでしょ。 私はとっさに逃げようとした。 「はい、捕まえたー」 が、しかし、秒で捕まった。 「せ、せんせ……」 「ダメだよ。逃がさない」 思いの外真剣な青い瞳と視線がぶつかり、ドキッと胸が鳴る。 その瞳に秘められた熱情が怖かった。 だって、それは教師が教え子に向けていいものではなかったから。 「楽しい夜になりそうだね」 金縛りにあったように動けなくなった私をひょいと小脇に抱えて部屋に向かいながら先生が笑った。 見たことのない、大人の男の人の顔で。 【五条先生END】 |