べん、べべん、と琵琶のが鳴り響き、この広大な城のどこかが『動いた』のがわかった。

襖や引き戸が開く音がなまえが居る部屋に向かって近付いてくる。

なまえがいま居る場所は、城の最奥とも言える奥まった場所だ。
ここに来られる者は二人しかいない。
この城の主人である鬼舞辻無惨と、配下の鬼で唯一なまえの世話をすることを許されている猗窩座だけである。

目の前の戸が、たん、と音を立てて開き、入って来たのは無惨だった。

「お帰りなさい、無惨様」

歩みを止めぬままなまえの元へとやって来た無惨は、流れるような動作でなまえの腰を抱き寄せると、返事の代わりとばかりに口付けた。
その背後で戸が閉まる。

「ん、んぅ……ん……」

無惨の長い舌に容赦なく口内を蹂躙され、なまえが苦しいような甘いような声を漏らす。
実際、苦しいけれど気持ち良いという複雑な状況だった。

ようやく解放されたなまえが乱れた呼吸を整える間、無惨はその様を上から見下ろしていた。

「何を拗ねている」

「拗ねてません」

「では、何が不満だ?」

なまえは無惨を見上げた。
紅梅色の瞳に、猫のような縦長の瞳孔。
緩やかに波打つ髪は闇夜の如き漆黒。
冷たく整った顔立ちは、見る者に高貴な印象を与える。

美しさにも種類があって、この男のそれは触れようとする者を皆破滅に追い込むような、近寄りがたい美だった。

「お前は私のものだ。それのどこに不満がある?」

「不満なんて……」

なまえは口ごもった。
言え、と無言の威圧感に圧されて仕方なく口を開く。

「ただ、月彦としてあの未亡人とお付き合いしておられた時は、お相手の方が羨ましくて気が狂いそうでした」

「悋気か。くだらない」

呆れた顔で言われてなまえはムッとした。

「無惨様のばかっ!鬼殺隊に見つかって斬られても知りませんからねっ」

鬼は一体残らず滅すべし。そのためなら自らの命を捨てることも厭わない。
鬼狩りこと鬼殺隊とは、そのような恐るべき集団らしい。
以前、無惨がうんざりした様子で教えてくれた。
彼らなら、いつかこの傲慢な鬼の始祖を倒してくれるだろう。
その時、果たして自分は悲しむのか喜ぶべきなのか、なまえにはわからなかった。

無惨に囚われ、彼の寵愛を受ける籠の鳥となって、もう随分経つ。
肉親は全て死に絶えただろう。

ヒトのまま生き永らえている自分は、一体何者なのか。
考えても無駄なことなので、最近はそれさえ気にならなくなってきていた。

「いい度胸だ」

なまえはどきりとした。
てっきり機嫌を損ねてお仕置きをされるだろうと覚悟していたのに、無惨はむしろ愉しげに笑っていたからだ。

「獲物は活きの良いほうがなぶり甲斐がある」

「無惨様の鬼!」

無惨は声を上げて笑った。
その様子を彼の部下が目にしたら、驚愕したのちに震えあがるだろう。
それほど珍しいことだった。

「鬼の首魁に向かって鬼とは、可笑しなことを言う女だ」

「あっ!」

無惨に腕を引かれて引き倒される。

「お前のそういうところが私は気に入っている」

覆い被さってきた無惨により、着物の裾を割られて、なまえはさっと青ざめた。
無惨はまだ愉しげに笑んでいる。

「この胎に私の子を孕んでみるか。なまえ」

耳元で甘く囁かれながら、下腹部を優しい手つきで撫で回される。

「や……いや……許して……」

恐れおののくなまえの着物の胸元をはだけさせた無惨は、その柔らかな胸の膨らみに噛みついた。
そうしながら、下肢に伸ばした指を秘めた場所へと侵入させる。
すぐに淫らな水音が聞こえ始めた。

「あっ、んふっ…っあぁんっ!あんっ」

そのまま血を啜り始めた無惨に、苦痛と快楽を同時に与えられたなまえは泣きながら身悶えた。
たすけて、と呟くが、もう誰に助けを求めているのかもわからない。

「私が助けてやろう。哀れで愛しい、私のなまえ。お前を助けてやれるのは私だけだと思い知るがいい」

くっきりと歯形がついた乳房から顔を離した無惨は、唇についた血を舌で舐めとって、凄艶な微笑を浮かべてみせた。

なまえがあげた悲鳴は決して外には届かない。


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