「ねえ、バーボン。お願い……して?」

「またですか?」

とびきりの甘い声で呼びかけると、バーボンは呆れ顔で私を見た。
つれない態度だが、ここで引き下がるわけにはいかない。

「だって、バーボンが一番上手いんだもの」

「まったく、あなたという人は」

溜め息をついたバーボンがベッドに腰を降ろす。

「それで、どういったものをご希望なんですか」

「ありがとう!バーボン大好き!」

「……はぁ。ほら、早く道具を用意して下さい」

「実はもう用意してあるの。これでお願い」

ベッドの下から必要な物が入っているバニティバッグを取り出すと、バーボンは何とも形容し難い顔つきでそれを受け取った。

困らせてしまっている自覚はあるが、仕方がない。
私には彼が──彼のテクニックが必要なのだ。


「動かないで下さいね」

「ん」

バーボンはまるで魔法使いだ。
器用に動く彼の手が、私の顔にメイクを施していく。
魔法のようにゴージャスな美女へと変えられてゆく。

私だって一応女の端くれなので、人並みに化粧の腕前はある。
ただ、任務の都合上、なるべく人の印象に残り難いように普段はナチュラルメイクでいることが多い。
だから、今回のように富豪が集まるパーティーに紛れ込むには、それなりに化ける必要があるのだ。

その点、何でも器用にこなすバーボンは、悔しいけれど女の私よりずっとそういうメイクが上手いのだった。

口紅とグロスを駆使して、艶々でぷるんとした唇に仕上げて。
ビューラーでばっちり上げた睫毛に、下地を着けてからマスカラを馴染ませて、軽くティッシュオフ。
頬に柔らかいブラシでさっとチークを入れれば完成だ。

「出来ましたよ」

バーボンに渡された鏡を見て、思わず目を見張る。

「凄い……まるで別人みたい」

「まあ、見られる顔にはなりましたね。それで精々上手く情報収集をして来て下さい」

「バーボンは?」

「僕は別の任務があるので、今回は表には出ません」

「そうなの。残念」

「つまり、あなたが何か失態をおかしても、尻拭いしてくれる相手はいないということです。くれぐれもお気をつけて」

「ひどい!」

「ひどい?どこが?感謝して貰っても、批難されるようなことは無いはずですが」

その時、ノックの音がして、すぐに返事をすれば、こちらはもう非の打ち所の無い美女が顔を覗かせた。

「あら、いいわね。とても素敵だわ、プリンセス」

「ベルモット、バーボンがひどいの」

「許してあげなさい。あなたのエスコート役をライにとられて拗ねているのよ」

「馬鹿なことを……」

バーボンは小馬鹿にしたように笑ってみせたが、ライという名前が出た瞬間、彼の綺麗な顔が強張ったのを私は見逃さなかった。

「それでは、僕は忙しいのでこれで失礼します」

「心配しなくても大丈夫よ、バーボン。この子はあなたに夢中だから」

「ベ、ベルモット!?」

「パーティーの間は私が目を光らせておくわ。だから、安心しなさい」

「それはどうも」

バーボンは皮肉げな笑みをベルモットに向けると、部屋から出て行ってしまった。

「全く素直じゃないんだから」

余裕の微笑みをみせるベルモットと違い、私は半ば混乱状態にあった。

バーボンがライに嫉妬?

それはつまり──いやいや、考えるのはよそう。
いまは任務を遂行することだけに集中しなければ。
もし万が一ミスでもしたら、ジンに風穴を開けられてしまう。

とはいえ、パーティーの間中、ずっとバーボンの眉目秀麗な容姿が脳内にちらついてしまうのは止めようがなかった。


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