「半兵衛、お水飲む?」

「ああ、有難う」

ベッドに上半身を起こした半兵衛にミネラルウォーターのペットボトルを渡す。
さっきまで眠っていたお陰か、少し顔色がよくなったようだ。

彼が水を飲む間、私は改めて室内を見渡した。
お世辞にも綺麗だとは言えない。
きっと以前は清潔で居心地の良い空間だったのだろうが、こうして無人の廃屋となってからは朽ち果てていく一方だ。
今回の特番のロケ地として使用することが決まった後、一応スタッフが掃除をしたらしいが、色褪せた古いカーテンなどはそのままだし、全体的に薄暗く陰気な雰囲気までは変えられなかったようだ。

ここは、関東地方T県にある鬱蒼とした森に囲まれた洋館。以前は某国の公館だったという館だ。
過去に二度も殺人事件が起こったせいで今は無人の廃墟となっているここをロケ地とした怪奇特番が組まれることになり、今をときめく人気アイドルや俳優ばかりを集めた出演者達とテレビ局の撮影クルーが訪れているのだった。

撮影現場であるこの館に入った途端、半兵衛は体調不良で倒れてしまい、今はこの寝室で休んでいる最中だ。
私はと言うと、半兵衛の幼なじみで気心も知れた存在ということもあり、身体の弱い彼の付き人として彼をサポートするためにアシスタントとして同行していた。

「大丈夫だよ、なまえ」

私がビクビクしていることに気付いた半兵衛が優しく微笑み、白い指で私の頬を撫でた。

「見たところ、この屋敷の周りには弟切草が群生しているといったこともなかったし、ハサミの音が聞こえてきそうな怪しげな時計塔もない。ロケットランチャーでしか止めを刺せないラスボスが地面を突き破って現れそうなヘリポートもない。君が心配しているような怖い事は何も起こらないさ。安心したまえ」

「うん…」

自慢じゃないが私は極度の怖がりだ。たぶん今回のメンバーの中で一番のビビりだろう。
半兵衛と一緒でなければ、自らこんなお化け屋敷みたいな洋館に来ようとは思わなかったに違いない。
二階建ての洋館の内部には、いかにもおどろおどろしいオブジェや絵画があちこちに飾られている。
もうすぐ夜になるし、こんな館の中を一人ぼっちで歩き回るのだけは絶対に御免だった。
ずっと半兵衛の傍にいたいところだが、一応もう彼は大丈夫だと下にいるみんなに伝えておくべきだろう。
部屋から出たくないけど仕方がない。

「下の様子を見てくるね。半兵衛はもう少し横になって休んでて」

「うん」

素直にベッドに身を横たえた半兵衛が悪戯っぽく笑って見上げてくる。

「お休みのキスはしてくれないのかい?」

こんな誘惑に逆らえるわけがない。
私はちょっと赤くなりながらも半兵衛の額にキスをした。

「そこじゃないよ。もう少し下だ」

「あのねえ……」

困ったように微笑みかけた、そのとき。


階下から静寂を切り裂くような悲鳴が聞こえてきた。


長い長い恐怖の一夜の幕が上がった瞬間だった。


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