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「母さん」

白いシャツと黒いズボンを身につけた少年が、ドアを開いたままにしてある入口から部屋に入ってくる。

なまえは繕い物をしていた手を止めて彼を見上げた。
元々そういう血筋なのか、みるみる伸びた身長のせいで、彼が16歳になった今ではなまえはすっかり見下ろされる側になってしまっていた。

勿論、変化したのは身長だけではない。
この数年の間に少年の肉体は驚く程の早さで成長していた。
彼はもうなまえの庇護が必要な小さな男の子ではないのだと思うと、少しだけ寂しい。

「ちょっと出掛けてくるけど、何か買って帰る物はある?」

「ううん、大丈夫。お買い物に行くの?じゃあ、今お財布を──」

「いいよ、自分のを持って行くから。お使いに行く子供じゃあるまいし」

トムは困ったような笑顔で答えた。
そうすると、ただでさえ綺麗に整った顔に柔らかさが加わってドキリとするくらいハンサムに見える。

さらりとした黒髪の下から覗く黒い瞳に穏やかな眼差しで見つめられたなまえは頬を赤らめた。
幼児扱いされるたびに怒っていた去年までが嘘のように、少年は大人の落ち着きを身につけ始めている。

「そ、そうね。ごめんなさい」

またやってしまった、と恥じ入るなまえを見て、少年は心中密かに溜め息をつく。
いつまで経っても、彼女にとって自分は小さな子供でしかないのかと思うと、今更ながらに胸の痛みを感じた。
血が繋がらない分、余計に良き母親であろうと気負っているのが分かるから尚更だ。

別に親子でなくなっても全く構わないのだと思っている事を打ち明けたら、彼女はどれほどショックを受けるだろう。
『母』と呼びたくないとゴネた時のように泣かせてしまうのは嫌だったが、いずれそう遠くない未来に、彼は自分の気持ちを彼女に打ち明ける時がくるだろうと覚悟していた。
もういい加減我慢も限界が近い。

「じゃあ、行って来るよ」

「ええ。行ってらっしゃい、トム」

笑顔で送り出す養母に軽く微笑み、彼は部屋を出た。


トム・マールヴォロ・リドル。
それが彼のフルネームだった。
孤児院で彼を生み落として亡くなった実母がそう名付けたのだという。
当然ながら彼は実母の顔を覚えていない。
彼の記憶にあるのは、孤児だった彼を引き取って育ててくれた、一人の優しい女性の姿だけだ。
物心ついた時には──いや、恐らくはその前からずっと、彼は彼女を、なまえだけを愛してきた。
母としてではなく、一人の女性として。


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