1938年9月1日 例年よりも早く訪れた秋のお陰で、キングズクロス駅の中はそれほど蒸してはいなかった。 ただ人の多さは相変わらずで、いつも通り大勢の人間でごったがえす駅構内をなまえは人にぶつからないように注意しながらカートを押して歩いていた。 人混みにあてられたのか、カートに乗せた鳥籠の中で梟が不機嫌そうな鳴き声をあげている。 「やっぱり僕が押すよ」 なまえの横を歩く少年が、父親譲りのハンサムな顔を曇らせて、もうこれで本日何度目かになる提案を口にした。 彼は同じ年頃の子供にしては背が高く、落ち着いた物腰と話し方をするせいもあってか、非常に大人びて見える少年だった。 「いいの。来年からは自分で運んで貰うんだから、今年くらいは私にやらせて」 「重くない?」 「平気よ」 通勤途中らしい男性が横目で二人のやり取りを見ながら通り過ぎていく。 怪訝そうなその顔は二人の関係をはかりかねているようだった。 十代と言われても不思議はない外見をした年齢不詳の若い女と、身長では既に彼女に追いついている見るからに利発そうな少年。 親子だと言われれば、そうなのかと納得も出来るだろう。 しかし、逆に言えば、そう言われなければ分からないほど微妙なバランスで成り立った関係なのだとも言える。 魔法でカモフラージュされた九番線と十番線の間を抜けると、そこは九と四分の三番線のプラットフォームだ。 紅色のホグワーツ特急から吐き出される蒸気が満ちたそこには、既にたくさんの魔法使い達が集まっていた。 白い霞の中から、あからさまに好奇心を剥き出しにしてこちらを見てくる者もいる。 しかし、なまえはもうそんな視線には慣れっこになっていた。 「あれがホグワーツ特急?」 「ええ、そうよ」 トムの冷たい視線にぶつかると、批難されたわけでもないのに、誰もが罰が悪そうな顔になって慌てて目を逸らした。 彼には、自然と人が従わずにいられなくなるような奇妙な力があるのだ。 これがカリスマ性というものなのかもしれない。 孤児院で引き取った赤ん坊は、実母の願い通りにトム・マールヴォロ・リドルと名付けられ、すくすくと成長して、今では逆になまえのほうが助けられることも多いくらいに頼もしい少年へと育っていた。 聡明で頭の回転も早いリドルは、外見も申し分なく、色白で端正な造りの顔に黒髪がよく映える美少年である。 年齢問わず周囲の魔女達から向けられる熱い視線に、なまえは養母として多少不安を感じずにはいられなかった。 これが年頃の(しかも非常に異性にモテる)子供を持つ親特有の悩みというものか。 |