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「セドリック!」

複雑に入り組んだホグワーツ城の廊下の一つ、湖をのぞむ廊下で。
急ぎ足で歩いていたセドリックを呼び止めたのは、レイブンクローの少女だった。
いまや彼はちょっとした有名人だった。
三大魔法学校対抗戦の代表選手とくれば、こうして声をかけられることも珍しいことではない。

「私、あなたを応援してるから! 絶対優勝してね」

ハリー・ポッターなんかに負けないで、と言った少女に、セドリックは苦笑する。
どうやってゴブレットに名前を入れたかはセドリックにもわからないが、同じ学校の代表選手だというのに、セドリックに向かってハリーの悪口を言う者は多い。

「誰と競うとしても、どんな課題が出されても、僕は精一杯力を尽くして戦うだけだよ」

応援してくれて有難うと微笑み、セドリックは再び歩き出した。
先ほどよりも、少しだけ早足で。
早くしなければ『彼女』がいなくなってしまうかもしれない。

『彼女』は、スリザリンの女生徒だった。
最初に見つけたのは、レプリカのスニッチを使って練習をしていた時のこと。
箒で上空を飛んでいたから運良く見つけられたのだろう。
彼女は、周囲からは死角になって見えにくい、湖の近くの木の下で昼寝をしていた。
その寝顔があまりにも愛らしくて、彼は心臓が高鳴るのを感じた。
どうやら、そこは彼女のお気に入りの場所らしく、彼女はたびたびそこを訪れては穏やかな午睡を楽しんでいるようだった。
もう何度も通った茂みの中を歩き、そっと目的地に近付く。
彼女の眠りを邪魔するつもりはない。
ただ、その寝顔を眺めているだけで、不思議と優しい気持ちで心が満たされていくようだった。

「!」

丁度大木が見える位置まで来た時、セドリックは驚いて足を止めた。
いつものように幹に身を凭れて眠る少女。
だが、その隣りには見慣れない男がいた。
木陰の作る闇に溶けるような黒髪に、整った顔立ち。
セドリックもよくハンサムだと評されるが、その青年も恐ろしいほど綺麗な顔をしていた。
静かに腰を降ろしたその青年の肩に頭を預けて、少女は無防備な様子で眠っている。
何の前触れもなく青年の瞳が真っ直ぐこちらを見据え、セドリックはギクリとした。
自分でも何故かはわからないが、背中に冷水をかけられたかのような寒気を感じて後退る。
ポケットの中の杖を探る手が汗ばんでいるのがわかる。
だが、青年の真紅の瞳は直ぐに興味を失ったようにセドリックから逸れ、少女の寝顔へと戻っていった。
いつの間にか額に吹き出ていた汗を無意識の内に拭い、セドリックは踵を返した。
来た時と同様、音を立てぬように茂みを抜ける。

セドリックは青年に害意を感じれば直ぐに攻撃するつもりでいた。
しかし、まるで少女の眠りを守っているかのような男の姿に、胸の奥が酷く痛んだ。



「…ん…」

一つ伸びをして、なまえは固まった身体をほぐした。
時刻は既に夕食の頃。
まだ周囲は明るいものの、そろそろ戻らなければ。

「トム、ずっとついていてくれたの?」

膝の上の温かな塊に微笑みかける。
丸くなってなまえに温もりを分け与えていた黒猫は、チラリと真紅の眼差しを向けると、ぱたんと一度だけ尻尾を振った。


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