秘密の部屋が開かれた。 そして、その部屋から解き放たれた、何か恐ろしい怪物がホグワーツを徘徊している。 フィルチの猫が石にされて以来、ホグワーツではそんな噂が広がっていた。 現場に居合わせたせいで、ハリー・ポッターこそがスリザリンの継承者だと思い込んでいる生徒も多い。 「なまえ! こんなところにいたのか!」 忘れ物に気付いて、一人教室に取りに向かった帰りのなまえに、幾分青ざめた顔をしたドラコが駆け寄って来た。 「父上に言われただろう。不用意に一人で出歩いたら危ないじゃないか!」 父親そっくりの薄氷色の瞳が、警戒の色を浮かべて辺りを伺っている。 ドラコはなまえの腕をしっかりと──だが、決して痛くしないよう気を付けて──掴み、人気の無い通路を談話室へと引き返し始めた。 「大丈夫よ、ドラコ。スリザリンの継承者は純血の生徒は襲わないんでしょう?」 「確かに、継承者が僕達を襲うことは無いけど、偶然怪物に出くわしたら、もしかしたら危ないかもしれないんだ」 「ドラコは怪物が何か知ってるの?」 ドラコはなまえには内緒で、ルシウスから色々と説明されている事がある。 そう思って聞いたのだが、ドラコはきっぱりと首を振って否定した。 「いや、知らない。父上はそれは話して下さらなかった。下手に詳しく事情を知っているよりも、あくまで僕達は『何も知らない生徒の一人』として、傍観に回るほうが良いと思われたんだ。だから、あまり関わらないようにしよう。あのキズモノに注目が集まっているのは気に入らないけどね」 安心したのか、いつもの態度に戻ったドラコは、ハリーのことを思い出して顔をしかめている。 なまえはそっと後ろを振り返った。 一匹の黒猫が、二人の後を影のようにつき従っている。 「トムがいるから私は平気よ」 「トム? ああ、君の猫か」 ドラコも気付いて黒猫を見た。 フンと鼻で笑って見せる。 「あんな猫に何が出来るって言うんだ? 大丈夫だ、君はちゃんと僕が守るから」 なまえを守る騎士(ナイト)は自分なのだと胸を張ったドラコを、黒猫はしらけた眼で見ていた。 その黒猫こそがスリザリンの継承者なのだと知ったら、ドラコはどうするだろう? 父親のルシウスのように、闇の帝王に忠誠を誓うのだろうか? それとも── 「それよりも。もうすぐ、あー…バレンタインだね」 ドラコがチラリとなまえを見た。 白い頬に僅かに赤みが差している。 「うん。ドラコはパンジーにカードを貰うんでしょ?」 「えっ…あ、いや、パンジーの話じゃなくて──て、どうして、そこでパンジーが出てくるんだ?」 「だって、パンジーはドラコに夢中だもの。ドラコもパンジーのこと本当はちょっと好きだったりするんでしょ?」 「な、何を言ってるんだ! 僕が? パンジーを? ふん、冗談じゃないね」 「また、素直じゃないんだから……気になってしょうがないくせに」 「だから! あいつの話じゃないって言ってるだろう!!」 そうして、二人と一匹が去った後。 暗い廊下の壁の中を、何か巨大なモノが這いずる不気味な音が響いていた。 |