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そうだ、白い壁の家がいい。

今の邸の古臭い外壁は、新婚夫婦にふさわしい純白に塗り替えよう。
庭は彼女の好きな薔薇で埋め尽くし、一年中楽しめるように魔法をかける。

そうだな……書斎の窓はもう少し大きく、出窓にしなければ。
そして、その前にデスクを置く。
仕事をしながら、庭を散策するクロリスがゆっくりと眺められるように。
薔薇に囲まれた彼女はこちらを見上げ、私に手を振る。
そうして、嬉しそうに微笑みかけるのだ。
「兄さま」ではなく「ルシウス」と。

幸せな生活だった。

そこには昏い影など一つもない。

だからこそ、まるでナイフで何度も何度も繰り返し抉られているように、胸が痛む。
心臓が見えない血を流している。
全ては叶えられることの無かった夢だとわかっているからこそ、何よりもその無邪気で幸福な光景が私を苦しめるのだ。


「──大丈夫…?」

目覚めて最初に耳にした声は、誰よりも愛しい女の声だった。

「起こしてごめんなさい。でも、凄くうなされていたから…」

心配そうな声と表情で彼女が続ける。

私は少しばかり混乱した。
まだ夢を見ているのかと思ったのだ。
だが、クロリスが「父さま」と呼んだことで、ようやくこれは現実なのだと確信した。
そうと気付くと、不思議なもので安堵の微笑さえ浮かんだ。

「大丈夫だよ、クロリス。少し…そう、悪い夢を見ていただけだから」

「怖い夢を見たの?」

クロリスは怖い夢を見た時に自分がそうして貰うように、その小さな手で私の頭を撫でた。
慰めているつもりなのだ。
優しい子だ。

私はその手をそっと掴み、すべらかな手の甲に唇を寄せた。

「そうだね……とても…怖い夢だ」

幸福な夢は、有り得ない幸せを突き付ける事によって、私を深い絶望へと追い立てる。
神の慈悲ではなく悪魔の気紛れで、愛しい少女は私の娘として再生した。
今でも変わらず私の愛する存在には違いないが、あまりに近しい血の繋がりのせいで、二人の間には絶対の禁忌が存在した。
親子ゆえのタブーが。

「もう大丈夫だ。心配いらないよ」

クロリスの髪に指を差し入れ、壊れ物を扱うような手つきで梳き流してやれば、クロリスは嬉しそうに頬を綻ばせた。
夢の中と同じ笑顔だ、と心臓が鈍い痛みを訴える。

この身体は、やはり柔らかいのだろうか。
熱く、甘く、私を蕩けるように包み込むのだろうか。
甘く芳しい香りで私を惑わせる幼い身体に深く楔を打ち込んでしまいたいと願うのを必死に押しとどめる。

無邪気な仕草で私の首に腕を投げかけて抱きついてくるクロリスを抱き締め返してやりながら、私は己のどす黒い妄想と欲望について考えた。

──もしも、と自問する。
もしも、私が愛を告げたならば、クロリスは──この娘はどうするだろうか、と。

かつて愛を注いだあの存在と同じ魂を持っているのならば、やはり私を愛してくれるのではないだろうか?
そう考えるだけで、クロリスの背を抱いている腕に力がこもる。

私はとうに狂っているのかもしれない。
そういえば、あの幸福な夢の中でも、愛と狂気は同じ色をしていた。


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