赤いマニキュア。 豊かなブロンドの髪を肩に垂らしながら、丁寧に爪を染めていくナルシッサの姿が目に見えるようだ。 白いシーツにはその毒々しい赤がさぞ良く映えることだろう。 ──ルシウスの白い肌にも。 クロリスはベッドの中で、ごろりと寝返りを打った。 ** 「ナルシッサ、すまないが、今日は行けそうにない」 姿現しで待ち合わせ場所に現れたルシウスは、開口一番そう告げた。 一分一秒が惜しいとでも言いたげな様子に、何事かとナルシッサは顔を強ばらせた。 「何かあったの?」 若くしてマルフォイ家の当主となったばかりのルシウスは、多忙極まる生活を送っている。 魔法省の役人とも懇意にしているという彼の事だから、大事があって急な呼び出しを受けたのかもしれない。 そうナルシッサは思ったのだが──ルシウスの返事はそれよりも尚悪いものだった。 「いや……クロリスが…従妹が熱を出してね。今、彼女の両親が旅行中で、私が面倒をみているんだ。傍を離れる訳にはいかないだろう?」 またあの子なの!? 思わず叫びそうになり、ナルシッサはきつく唇を噛み締めてそれを堪えた。 いつも、いつも、そうだ。 ルシウスは許嫁であるナルシッサよりも小さい頃から可愛がっている従妹のクロリスを優先する。 親同士の決めた許嫁と、幼い頃から大切にしてきた愛しい従妹。 どちらをより愛おしく思っているか、誰の目にもルシウスの愛情の在りかは明らかだった。 「そう……仕方ないわね」 それでも、ここでヒステリックに取り乱すのは完全に敗北を認めてしまうようで、ナルシッサは努めて心配そうな声を絞り出す。 ルシウス以外の男達ならば、それだけで見とれてしまいそうな魅力的な笑顔を向けて。 「私は平気よ。行ってあげてちょうだい。あの子には貴方が必要だわ」 「有難う。この埋め合わせは必ずする」 優雅に身を屈めてナルシッサの手の甲に口付けすると、ルシウスは現れた時と同じ唐突さでその場から姿を消した。 ルシウスが消えるのとほぼ同時に、爪と同じく鮮やかな赤いルージュのひかれたナルシッサの唇から、思わず本音が零れ落ちる。 「…ルシウスは、私のものなのに…」 |